スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
飯沢耕太郎(いいざわ こうたろう、1954年3月26日 - … 飯沢耕太郎(いいざわ こうたろう、1954年3月26日 - )は、日本の写真評論家である。 宮城県仙台市出身。1977年、日本大学芸術学部写真学科卒業。1984年、筑波大学大学院芸術学研究科博士課程修了。 『「芸術写真」とその時代』(筑摩書房。1986年)、『写真に帰れ 光画の時代』(平凡社。1988年)、『都市の視線 日本の写真 1920〜30年代』(創元社。1989年)の3部作で、頭角を現わし、日本の20世紀前半の写真研究者の第一人者に躍り出た[大言壮語的]。その後、雑誌「deja-vu」の編集長となる。 公募展である写真新世紀とひとつぼ展には設立当初から審査員として参加した。 90年代の『ガーリーフォト』ブームを作った。
渡辺 諒(わたなべ りょう、本名・芳敬、1952年 - )は… 渡辺 諒(わたなべ りょう、本名・芳敬、1952年 - )は、日本の文芸評論家、早稲田大学教育学部複合文化学科教授。専門はフランス現代思想・文学。
山口 猛(やまぐち たけし、1949年12月29日 - 20… 山口 猛(やまぐち たけし、1949年12月29日 - 2004年9月3日)は、日本の映画、演劇評論家。本名:真 宮城県仙台市に生まれる。宮城県仙台第一高等学校20回生。東北大学工学部金属学科中退。劇団状況劇場の研究生となり、20歳から25歳まで状況劇場で過ごす。1975年に唐十郎監督の『任侠外伝 玄界灘』の助監督を務めた後、同年以降、フリーライターとなり、1981年からは映画を執筆の中心とした。東京藝術大学講師も務めた。 2004年9月3日、東京都内の病院にて心不全のため死去。
針生 一郎(はりう いちろう、1925年12月1日 - 20… 針生 一郎(はりう いちろう、1925年12月1日 - 2010年5月26日)は、日本の美術評論家、文芸評論家。和光大学名誉教授。映画プロデューサー針生宏は弟。 宮城県仙台市生まれ。旧制第二高等学校卒業、東北大学文学部卒業。東京大学大学院で美学を学ぶ。 大学院在学中、岡本太郎、花田清輝、安部公房らの「夜の会」に参加。1953年、軍国少年だったことへの反省から日本共産党に入党したが、1961年、60年安保闘争時の時の共産党の指導方針を批判して除名される。 反権威的な美術評論・文芸評論で活躍、日本藝術院批判の急先鋒でもあった。1965年、赤瀬川原平の「千円札裁判」で特別弁護人となる。1970年の大阪万博に反対。