スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
古溝 克之(ふるみぞ かつゆき、1963年11月14日 - … 古溝 克之(ふるみぞ かつゆき、1963年11月14日 - )は、福島県福島市出身の元プロ野球選手。 福島県福島市出身(ニックネームは「トラさん」)。 福島商業高3年生時の1981年に春夏連続で甲子園に出場。2年秋の東北大会決勝では秋田経大付高の松本豊と投げ合って延長15回日没引分け再試合となり、再度二人が完投するが1失点で惜敗。第53回選抜は1回戦で御坊商工高に敗れる。第63回選手権は清水雅治のいた浜田高を延長10回の熱戦で降し1回戦を突破するが、秋田経大付高の松本豊投手に抑えられ2回戦敗退。 高校卒業後は、社会人野球の専売公社東北に入社。早くから注目され、1983年夏の都市対抗野球に新日本製鐵釜石、1984年夏の同大会に岩手銀行に補強され出場。
三浦 広之(みうら ひろゆき、1959年6月5日 - )は、… 三浦 広之(みうら ひろゆき、1959年6月5日 - )は、福島県福島市出身の元プロ野球選手(投手)。 福島商ではエースとして活躍。1976年秋季県大会準決勝に進むが、学法石川高に敗退。翌1977年は夏の県大会で8回コールド参考記録ながら完全試合、続く試合で同7回ノーヒットノーランを達成して夏の甲子園に出場。2回戦(初戦)で九州産業高の梅津茂美と投げ合い完封勝利。九州産業高の一塁手は吉竹春樹であった。3回戦に進むが、プロで同僚となる山森雅文のいた熊本工に延長11回裏サヨナラ負けを喫する。この夏は県大会3回戦から甲子園を通じて55回連続無失点を記録した。 進学の話もあるなかで、1977年のドラフト2位で阪急ブレーブスに入団。
島貫 省一(しまぬき しょういち、1957年7月24日 - … 島貫 省一(しまぬき しょういち、1957年7月24日 - )は、福島県福島市出身の元プロ野球選手(外野手)。 福島商業高では、2年次の1974年に夏の甲子園に出場も、初戦(2回戦)で大石大二郎や久保寺雄二らがいた静岡商に1-6で敗退している。 1976年に高校卒業後、早稲田大学へ進学。東京六大学野球リーグでは、1978年秋季リーグ、1979年春季リーグで2回の優勝を経験。1978年秋の明治神宮大会は、準決勝で3年中本茂樹投手に抑えられ優勝した同大に1-4で敗退。1979年春の全日本大学選手権は、同期の向田佳元、2年下の三谷志郎(プリンスホテル)両投手の好投もあり決勝まで進んだが、中大の4年香坂英典投手から序盤に島貫が2ラン本塁打を放つものの後続を抑えられ3-7で敗れ準優勝に終わる。
石幡 信弘(いしはた のぶひろ、1944年7月29日 - )… 石幡 信弘(いしはた のぶひろ、1944年7月29日 - )は、福島県福島市出身の元プロ野球選手(投手)。 福島商業高を中退し、社会人野球の清峰伸銅へ入団。1964年から補強選手も含めて3回連続都市対抗野球大会に出場した。チーム解散に伴い、1966年に富士重工業へ移籍。4回目の出場となる1969年の都市対抗野球大会では、準決勝で大昭和製紙の三輪田勝利と投げ合い1対0で撃破。電電関東との決勝戦も6回まで1対0とリードするが、豪雨で再試合となる。再試合でも9回裏まで1対0と優勝寸前であったが、四球を発端にまさかの逆転負けを喫した。この大会で石幡は全試合に先発し、左腕からの大きなカーブを武器に好投、久慈賞を獲得して注目される。