スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
雅山 哲士(みやびやま てつし、1977年(昭和52年)7月… 雅山 哲士(みやびやま てつし、1977年(昭和52年)7月28日 - )は、茨城県水戸市出身で藤島部屋(入門時は武蔵川部屋)に所属した元大相撲力士。本名は竹内 雅人(たけうち まさと)。最高位は西大関。現在は年寄・二子山。 3人きょうだいの長男(第2子。姉と妹がいる) として茨城県水戸市で生まれる。実家は茨城県内にバス路線網を持つ旧茨城交通グループのオーナー一族である。小学生時代には空手やソフトボール、バスケットボールに取り組んでいたが、小学校6年時に担任の先生から「大会で勝ったら、焼肉をいっぱい食べさせてあげるから」と言われ水戸市の少年相撲大会に出場したところ優勝したことで相撲に興味を持ち始める。
武双山 正士(むそうやま まさし、1972年2月14日 - … 武双山 正士(むそうやま まさし、1972年2月14日 - )は、茨城県水戸市出身(出生地は勝田市、現在のひたちなか市)で武蔵川部屋に所属した元大相撲力士。本名は尾曽 武人(おそ たけひと)。最高位は東大関。身長184 cm、体重177kg。現在は年寄・藤島、得意手は突き、押し、突き落とし、巻き落とし、左四つ。趣味は釣り。独身。 父の尾曽正人(以下、父と表記)は茨城県相撲連盟理事長というアマチュア相撲の大御所でありアマチュア選手として国体に11回出場した経験も持っている。息子である尾曽武人(以下、角界入りまで尾曽と表記)が後に冠した四股名「武双山正士」の下の名前の由来は父の名前にある。尾曽は元々相撲ではなく魚釣りやソフトボールを好んでいた。
飛円 美智浩(とびまる みちひろ、1961年2月18日 - … 飛円 美智浩(とびまる みちひろ、1961年2月18日 - 没年不明[要出典])は、茨城県常陸太田市出身で宮城野部屋に所属した元力士。本名は澤幡 美智浩。身長176.5cm、体重90kg。最高位は西幕下2枚目。 茨城県立水戸農業高等学校相撲部に所属。1979年3月初土俵を踏む。1991年9月引退。軽量ながら幕下上位に定着していたが、ついに十両昇進はならなかった。 引退後の2015年8月、日本相撲協会主催の「第1回相撲指導適格認定証認定講習会受講者」に参加、講習と実技実習の後、筆記試験を受け、合格し、認定証を受けた。 通算76場所262勝240敗23休 自己最高位で迎えた1987年5月場所9日目に、十両の土俵に上がり市ノ渡三四四と対戦している。