岡崎 淳二(おかざき じゅんじ、1972年6月20日 - )… 岡崎 淳二(おかざき じゅんじ、1972年6月20日 - )は、元社会人野球選手(投手、左投げ右打ち)。
川越市立川越高等学校:4人
岡崎 淳二(おかざき じゅんじ、1972年6月20日 - )… 岡崎 淳二(おかざき じゅんじ、1972年6月20日 - )は、元社会人野球選手(投手、左投げ右打ち)。
清水 治美(しみず はるよし、1961年9月25日 - )は… 清水 治美(しみず はるよし、1961年9月25日 - )は、埼玉県比企郡川島町出身の元プロ野球選手(投手)。 川越商業高では2番手投手だったが、卒業後に入社した社会人野球の日本通運で2種類の落差のあるカーブ、シンカー、シュートを武器に頭角を現した。第54回都市対抗野球大会では先発。高校の2年先輩には仁村薫がいる。 1983年のプロ野球ドラフト会議で中日ドラゴンズから6位指名を受けた。しかし、諸事情により入団は1年遅れ、1984年のシーズン終了後に入団し1985年からのプレーとなった。入団時の契約は、契約金3500万円、推定年俸400万円だった。 当時の中日には、都裕次郎以外、先発ローテーションとして計算できる左投手がいなかったため、即戦力として期待されていたが、同年は故障に悩まされ、一軍公式戦では1試合も登板できなかった。
小沢 誠(おざわ まこと、1961年4月3日 - )は、埼玉… 小沢 誠(おざわ まこと、1961年4月3日 - )は、埼玉県出身の元プロ野球選手(外野手)。 川越商業高では、1978年秋季関東大会準決勝に進むが吉田高に完封負け、春の選抜出場を逸する。1979年オフにドラフト外で西武ライオンズに入団。 俊足の外野手で1981年、1983年にはイースタン・リーグ盗塁王を獲得。一軍公式戦の出場は通算50試合出場で打数1と、主に代走・守備要員としての出場であった。1982年の中日ドラゴンズとの日本シリーズでは2試合に代走として起用されている。1987年限りで現役を引退。
仁村 薫(にむら かおる、1959年5月9日 - )は、埼玉… 仁村 薫(にむら かおる、1959年5月9日 - )は、埼玉県川越市出身の元プロ野球選手(外野手)、コーチ。 弟は自身と同じ元プロ野球選手の仁村徹で、現役時代は中日で一緒にプレーした経験がある(当時はスコアボードなどには「仁村兄(=薫)」「仁村弟(=徹)」と表記されていた)。 川越商業高ではエース投手だったが、2年秋の県大会準決勝で春日部工の大塚淳弘と投げ合って敗れる。 高校卒業後は早稲田大学へ進む。3年時からエース投手としてリーグ通算36試合登板し17勝10敗、防御率1.57、163奪三振。4年時には第10回日米大学野球選手権大会の代表に選ばれ1勝を挙げたほか、打力を買った島岡吉郎代表監督が代打に起用、ホームランを放った。