清水 治美(しみず はるよし、1961年9月25日 - )は、埼玉県比企郡川島町出身の元プロ野球選手(投手)。 川越商業高では2番手投手だったが、卒業後に入社した社会人野球の日本通運で2種類の落差のあるカーブ、シンカー、シュートを武器に頭角を現した。第54回都市対抗野球大会では先発。高校の2年先輩には仁村薫がいる。 1983年のプロ野球ドラフト会議で中日ドラゴンズから6位指名を受けた。しかし、諸事情により入団は1年遅れ、1984年のシーズン終了後に入団し1985年からのプレーとなった。入団時の契約は、契約金3500万円、推定年俸400万円だった。 当時の中日には、都裕次郎以外、先発ローテーションとして計算できる左投手がいなかったため、即戦力として期待されていたが、同年は故障に悩まされ、一軍公式戦では1試合も登板できなかった。
出典:ウィキペディア「清水治美」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
