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上矢 津(かみや しん、1942年 − )は、日本の画家、版… 上矢 津(かみや しん、1942年 − )は、日本の画家、版画家、現代美術家。 1942年東京都杉並区に生まれる。小学校低学年より油彩をはじめ、中学、高等学校の頃は抽象画を描く。 東京都立工芸高等学校卒業後、東京写真専門学校へ通う。画家・小野木学(叔父)の思想概念に影響を受けた。 国画会展、モダンアート展へ抽象絵画を出品。写真製版による捺染技術を知り、シルクスクリーン技法に興味を示す。 1960年代以後、美術界は写真の時代に入り、ベンヤミンの著書「複製技術時代の芸術」などに翻弄され芸術はアウラを超え「写真」と「版画」の時代に変革していった[独自研究?][要出典]。 そんな中で上矢津も油彩の抽象絵画から離れ、剥製や標本の写真をシルクスクリーンに転写、1970年『シリーズ博物詩』を制作。
新道 繁(しんどう しげる、1907年3月25日 - 198… 新道 繁(しんどう しげる、1907年3月25日 - 1981年6月10日)は、洋画家。 福井県三国町(現・坂井市)出身。1924年東京府立工芸学校卒業。1934年光風会会員。1951年日展審査員。1955年女子美術大学講師、1958年文部大臣賞受賞、日展評議員、1961年日本芸術院賞受賞、1969年日展理事、1971年光風会常務理事、1975年日展常務理事、1977年日本芸術院会員、1979年勲三等瑞宝章受章。 1960年以降は「松」を繰り返し描いた。
山本 丘人(やまもと きゅうじん、1900年(明治33年)4… 山本 丘人(やまもと きゅうじん、1900年(明治33年)4月15日 - 1986年(昭和61年)2月10日)は、日本画家。文化勲章受章者。本名は山本 正義(やまもと まさよし)。 東京市麻布(現在の東京都港区)に生まれる。府立三中、府立工芸を経て、1924年(大正13年)東京美術学校卒業。その後松岡映丘に師事。 1936年(昭和11年)、文展に出品した『海の微風』が選奨(文部大臣賞に次ぐ賞)を受賞 1944年(昭和19年)東京芸術大学助教授、1947年(昭和22年)女子美術専門学校(現女子美術大学)教授に就任、多数の後進を育てる。1977年(昭和52年)文化勲章受章、文化功労者顕彰。 「到春」 1942年、彩色・絹本・軸(1面)58.0cm×72.5cm「冬岳」 1953年、絹本・彩色・額(1面)55.4cm×71.5cm
西念 武志(さいねん たけし)は、日本のデザイナー、画家、ク… 西念 武志(さいねん たけし)は、日本のデザイナー、画家、クリエイティブディレクターでビジュアルアーティストである。 東京都立工芸高等学校デザイン科卒業。ニューヨークに芸術留学。当時描いていたキャンバス画がフランスのファッションブランドの目に止まり、女性像を多く描くようになる。その後は、抽象的な作品が目立ち、反面、社会性の強いコンテンポラリー作品なども発表している。 画家、デザイナーとして活動する一方、クリエイティブディレクターとしての側面もある。電子書籍「音楽絵本」の製作者でもあり、本人が描いた『銀河鉄道の夜』では、デジタルアワードを受賞している。 美に最上の価値を認めるような具象とも抽象ともいえない独特な美しいスタイルが目立つ。