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戸田 亮(とだ りょう、1988年9月4日 - )は、東京都… 戸田 亮(とだ りょう、1988年9月4日 - )は、東京都中野区出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 小学生時代に、鷺宮スタージョーズで野球を始める。中野区立第八中学校時代に城西シニアに所属したが、控え二塁手に甘んじ、用具係も務めていた。 大成高校への進学後は一塁手や外野手を経験したが、レギュラーの座は獲得できず、公式戦にも代打を中心に5試合出場しただけだった。 高千穂大学への進学を機に投手へ転向すると、1年生の春に、東京新大学野球の2部リーグ戦で3勝0敗、防御率1.01を記録。その後はエースとして、チームの優勝(1部リーグ昇格)に2度貢献した。2部リーグでは、通算で15勝1敗という好成績を残し、1年秋と4年春に最多勝利・最多奪三振・最優秀防御率のタイトルを獲得。
江口 亮輔(えぐち りょうすけ、1984年8月12日 - )… 江口 亮輔(えぐち りょうすけ、1984年8月12日 - )は、愛知県清須市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 愛知県一宮市の大成高校(大成高校の野球部は江口の代で廃部)出身。高校時代は打者としても高い評価を受けたが、腰痛を抱えており、投手としてフル稼働できる状態ではなかったことも一因であった。 愛知学院大学にはセレクションで入学。同校の野球部寮では当時4年生でエースだった筒井和也と相部屋だった。2005年、3年時の第54回大学選手権で初戦救援登板したが平野佳寿投手擁する京産大に12奪三振完投で敗れる。同年秋は第36回明治神宮大会2回戦で先発し、高市俊投手擁する青学大相手に6回2失点で交代もチームはサヨナラ勝ちして準決勝進出。
西 三雄(にし みつお、1938年9月19日 - 2017年… 西 三雄(にし みつお、1938年9月19日 - 2017年4月5日)は、和歌山県海南市出身のプロ野球選手(投手)・コーチ。 元プロ野球選手の西五十六は実兄、西俊児は甥。 実家はみかん園で、三人兄弟の末っ子として生まれる。大成高校卒業後の1957年に丸善石油へ入社し、業務課資材係で勤務する傍ら、兄の五十六と共に主戦投手として活躍。入社1年目から4年連続で都市対抗に出場し、1957年の大会は2回戦の日鉄二瀬戦で初勝利を挙げる。2年目の1958年には肋間神経痛で不調に終わったが、3年目の1959年には四国予選準決勝の東レ愛媛戦でノーヒットノーランを達成。本大会ではエースとして3勝を挙げ、富士製鐵釜石との決勝では相手を6回途中まで1点に抑え、勝ち越しの三塁打も放つなど、チームの初優勝に貢献したと共に橋戸賞を獲得。