スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
田中 晴也(たなか はるや、2004年6月6日 - )は、新… 田中 晴也(たなか はるや、2004年6月6日 - )は、新潟県長岡市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。千葉ロッテマリーンズ所属。 長岡市立四郎丸小学校で野球を始め、長岡市立南中学校では軟式野球部に所属。3年時には新潟県選抜に選出され、全国大会で3位の成績を残した。 日本文理高等学校に進学し、1年秋からベンチ入り。2年春からエースとなり、打者としても中軸を担った。同年夏の第103回全国高等学校野球選手権大会に出場し、初戦(2回戦)で敦賀気比と対戦。当時の自己最速となる147km/hを計測したが、8回8失点と打ち込まれ敗れた。3年夏は新潟県大会準決勝で自己最速を更新する150km/hを計測した。
鈴木 裕太(すずき ゆうた、2000年8月2日 - )は、新… 鈴木 裕太(すずき ゆうた、2000年8月2日 - )は、新潟県新潟市西区出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 新潟市立東青山小学校では2年時に東青山ブルーソックスで野球を始め、新潟市立小針中学校では新潟シニアに所属していた。なお、同級生に荘司康誠がいた。 日本文理高校進学後、2年夏は新潟県大会を制し、第99回全国高等学校野球選手権大会に出場に貢献。初戦の鳴門渦潮高校戦では先発するも、自責は0だったが、3回途中2失点でマウンドを降りた。続く2回戦の西巻賢二擁する仙台育英高校戦では登板無く敗れた。3年春には新潟県の高校生で初の150km/hを記録。 2018年10月25日に行われたドラフト会議では、東京ヤクルトスワローズに6位指名を受け、契約金2200万円、年俸480万円(金額は推定)で入団した。
川村 啓真(かわむら けいしん、1999年9月6日 - )は… 川村 啓真(かわむら けいしん、1999年9月6日 - )は、富山県黒部市出身の元プロ野球選手(外野手、右投左打)。プロでは育成選手であった。 若栗小学校1年時に軟式野球チームに入団し、野球を始めた。桜井中学校軟式野球部では捕手を守り、主将にも選ばれ、中3春の全国大会16強に貢献した。 高校は新潟県の日本文理高校に進学。1年生から4番・捕手として公式戦に出場すると、3回戦白根高校戦で右翼へ公式戦第1号となる3点本塁打を放った。3年春には右翼手にコンバート。同年夏の新潟県予選決勝戦では3番打者として出場すると、逆方向に勝ち越し2点本塁打を放って夏の甲子園進出に大きく貢献した。甲子園では2試合で9打数4安打1打点(本塁打1本)、打率.444と活躍したが、2回戦の仙台育英高校戦で接戦の末敗退した。
飯塚 悟史(いいづか さとし、1996年10月11日 - )… 飯塚 悟史(いいづか さとし、1996年10月11日 - )は、新潟県上越市出身の元プロ野球選手(投手)。 中学時代からのバッテリーである鎌倉航とともに日本文理高校に進学し、1年の夏からベンチ入り。その秋から背番号「1」を背負い、2年の夏に第95回全国高等学校野球選手権大会初出場。2年秋の第44回明治神宮野球大会では合計3本塁打(決勝で2打席連続、うち1本はバックスクリーンを越える130m弾)を打つも、決勝で沖縄尚学に敗れる。3年春の選抜大会では豊川高校に1回戦で敗れるも、その夏の3度目の甲子園では、5試合を1人で投げ抜きベスト4に進出した。高校通算15本塁打。 2014年のプロ野球ドラフト会議で横浜DeNAベイスターズから7巡目指名を受け、11月5日に契約金2000万円、年俸500万円で仮契約した。
髙橋 洸(たかはし こう、1993年4月30日 - )は、新… 髙橋 洸(たかはし こう、1993年4月30日 - )は、新潟県新潟市出身の元プロ野球選手(外野手)。 日本文理高では、1年時の春からベンチ入り。夏には控え投手として第91回全国高等学校野球選手権大会に出場。自身の出場機会は無かったものの、チームは新潟県勢初となる甲子園決勝に進出。中京大中京高を相手に9回に強烈な粘りを見せるが、あと一歩及ばず9-10で敗退し準優勝。 2年時の夏に野手に転向するも、打撃の低迷から一時は野球を辞めるという考えにまで至ったが、チームメイトの励ましもあり思い留まる。 3年時は、春に第83回選抜高等学校野球大会に8番・三塁手として出場。初戦は香川西高に8-1で勝利するも、2回戦で九州国際大付高に2-4で敗れる。
髙橋 洸(たかはし こう、1993年4月30日 - )は、読… 髙橋 洸(たかはし こう、1993年4月30日 - )は、読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手(内野手・育成選手)。
横山 龍之介(よこやま りゅうのすけ、1988年9月29日 … 横山 龍之介(よこやま りゅうのすけ、1988年9月29日 - )は、新潟県中蒲原郡小須戸町(現:新潟市秋葉区)出身の元プロ野球選手(投手)。 日本文理高では、一年生のときからベンチ入り。2006年の春の甲子園と夏の甲子園にはエースとして出場。センバツでは新潟県勢初勝利を記録し、ベスト8進出に貢献した。 2006年高校生ドラフト4巡目で阪神から指名を受け入団。 2007年、2008年は二軍でも2年で7試合と登板数が少なかったが、2009年は登板数が増え、二軍で初勝利を挙げる。 投球フォームをサイドスローに変えて挑んだ2010年は6月22日に初の一軍昇格を果たし、6月27日の東京ヤクルトスワローズ戦でプロ入り初登板。
本間 忠(ほんま ただし、1977年8月5日 - )は、新潟… 本間 忠(ほんま ただし、1977年8月5日 - )は、新潟県出身の元プロ野球選手(投手)、野球指導者。 新潟県新津市(現新潟市秋葉区)出身。もともとキャッチャーだったが日本文理高等学校で投手に転向。 日本文理高校を卒業後、大分県にある日本文理大学(日本文理高校の系列校ではない)に入学するも、肩の故障などで僅か半年で中退し帰郷。 家業の工務店を手伝う傍ら、新潟市に本拠を置く社会人クラブチーム・ケンタッキー・サンダーズ(後に野田サンダーズ)でプレーを再開した。それから3年後、都市対抗予選で対戦したNTT信越の監督からの勧めでプロ球団の入団テストを受けることになり、1998年秋は読売ジャイアンツのテストに高野忍と共に合格。