スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
堀田 ありさ(ほった ありさ、1996年12月30日 - )… 堀田 ありさ(ほった ありさ、1996年12月30日 - )は岐阜県関市出身の元女子プロ野球選手である。 野球を始めたのは小学校1年生で、地元のスポーツ少年団に入ってから、周りは男子だった。そのため体を動かすのが好きで野球にのめり込んだ。関市立桜ケ丘中学校に入学してからも野球は続け、2年生の時に女子プロ野球に興味をひかれる。 県内に野球部がなかったため、関市立関商工高等学校に入学、今度はソフトボール部の選手となる。国体出場時にサヨナラホームランを打ったことがある。高校卒業直前に入団テストを行ったが、不合格となる。 至学館大学短期大学部に入学。朝から講義、昼には練習、夜には居酒屋でバイトという日々を送った。
山本 秀樹(やまもと ひでき、1955年1月2日 - )は、… 山本 秀樹(やまもと ひでき、1955年1月2日 - )は、元アマチュア野球選手・指導者である。ポジションは内野手。 関商工高校では、1971年秋季中部大会県予選決勝リーグに進むが、4校中3位に終わる。名城大学に進学。愛知大学野球リーグでは、1975年秋季リーグで優勝を経験。 大学卒業後は社会人野球の大昭和製紙に入社。初出場となる1977年の都市対抗では二塁手として出場。1回戦で電電中国と対戦し、俊足を武器に9回裏にサヨナラホームスチールを決める。1979年の都市対抗では準々決勝に進出。日産自動車に敗退するが打撃賞を獲得し、同年の社会人ベストナインにも選ばれた。1980年の都市対抗ではエース杉本正が好投、決勝で札幌トヨペットに大勝し優勝を飾る。
松本 芳之(まつもと よしゆき、1952年2月13日 - )… 松本 芳之(まつもと よしゆき、1952年2月13日 - )は、岐阜県郡上郡八幡町出身の元プロ野球選手(捕手)。 関商工高から1969年にドラフト外で南海ホークスへ入団したが、当時の南海は、野村克也選手兼任監督の壁が厚く他の捕手は出番に恵まれなかった。 1976年からは移籍してきた江夏豊のキャッチボールのパートナーを黒田正宏と共に務め、1977年には捕手として17試合に起用されるが、先発マスクを被ることはなく、指名打者で1試合に先発したのみであった。同年9月24日の日本ハム戦(後楽園)では途中出場ながら、谷山高明から初本塁打を放ち1打数1安打1打点を記録。 偵察要員としての起用が多く、野村解任後の1978年は黒田が正捕手に起用され、先発出場は6試合にとどまった。