田中 友梨(たなか ゆり、2001年11月15日 - )は、… 田中 友梨(たなか ゆり、2001年11月15日 - )は、日本の陸上選手。七種競技を専門とする。七種競技の日本記録保持者。 愛知県名古屋市出身。名古屋市立藤森中学校、至学館高等学校、至学館大学を経て、2025年にスズキアスリートクラブ所属。 中学校から陸上を始め、やり投の導入種目「ジャベリックスロー」に打ち込み、メイン種目に決めた。高校3年の全国高校総体では、高校歴代4位の5346点を記録し優勝した。 2026年、第110回日本選手権混成競技にて日本人で初めて「6000点」の壁を超える6050点を記録し、2連覇を達成。山﨑有紀の日本記録(5975点)を75点上回り日本記録を樹立した。 個人種目でも出場するやり投を得意とし、得点源としている。
屶網 さら(なたみ さら、2000年11月6日 - )は、日… 屶網 さら(なたみ さら、2000年11月6日 - )は、日本の女子レスリング選手。大阪府出身。階級は57kg級と59㎏級。妹は同じレスリング選手の屶網瑠夏。 エンジョイクラブでレスリングを始めた。小学生の時には全国大会で何度も優勝を果たした。寝屋川第五中学3年の時に全国中学生選手権で優勝した。至学館高校1年の時にはインターハイと全日本選抜選手権で3位になった。3年の時にはアジア選手権で2位だった。2019年に至学館大学へ入学すると、全日本選手権59㎏級で優勝した。3年の時には全日本選手権と全日本学生選手権で優勝した。4年の時には全日本選手権と全日本選抜選手権で2位だったが、全日本学生選手権で2連覇すると、アジア選手権でも優勝した。
速水 将大(はやみず しょうた、2000年10月26日 - … 速水 将大(はやみず しょうた、2000年10月26日 - )は、愛知県一宮市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。NPBでは育成選手だった。 小学1年生から野球を始め、一宮市立北方小学校時代は一宮リトル、一宮市立北方中学校時代は尾張一宮リトルシニアでプレー。4歳上の兄の影響で練習についていき、小学1年生の時から硬式球でプレーした。ポジションはリトルでは二塁手、シニアでは二塁手と三塁手が中心だった。中学卒業後は野球留学として地元・愛知県を離れ、日本ウェルネス筑北高等学校に一期生として入学。高校時代の同期に赤羽由紘がいる。 高校卒業後は地元に戻って至学館大学を専願し、4年制と短期大学部の両方を受験した結果、至学館大学短期大学部体育学科に進学することとなった。
吉元 玲美那(よしもと れみな、2000年8月1日 - )は… 吉元 玲美那(よしもと れみな、2000年8月1日 - )は、日本の女子レスリング選手。埼玉県出身。階級は50kg級。身長151cm。 小学生の時からレスリングの全国大会で何度も優勝を飾っていた。埼玉栄中学2年の時にJOC杯カデットの部38kg級で優勝した。3年の時にはジュニアクイーンズカップ中学の部40kg級と全国中学生選手権44kg級でそれぞれ優勝を飾った。埼玉栄高校2年の時にはジュニアクイーンズカップカデットの部、JOC杯カデットの部及びインターハイの46㎏級で優勝した。さらには世界カデット選手権でも優勝を果たした。3年の時には階級を50㎏級に上げると、インターハイで2連覇を達成した。2019年には至学館大学へ進学すると、1年の時にはアジアジュニア選手権と全日本学生選手権で優勝した。
永本 聖奈(ながもと せな、2000年7月2日 - )は、日… 永本 聖奈(ながもと せな、2000年7月2日 - )は、日本の女子レスリング選手。三重県四日市市出身。階級は59kg級。 3歳の頃に四日市ジュニアレスリングクラブでレスリングを始めた。小学生の時に全国大会で何度も優勝を果たした。羽津中学3年の時にジュニアクイーンズカップ中学生の部で2位、全国中学生選手権と全国中学選抜選手権で3位になった。至学館高校2年の時にジュニアクイーンズカップカデットの部とJOC杯カデットの部で優勝するも、インターハイと世界カデット選手権では2位だった。3年の時にはアジアジュニア選手権で優勝するも、インターハイは2位、全日本選手権と全日本選抜選手権では3位だった。2019年に至学館大学へ入学すると、全日本学生選手権で優勝するも、全日本選手権では3位だった。
花井 瑛絵(はない あきえ、1999年11月22日 - )は… 花井 瑛絵(はない あきえ、1999年11月22日 - )は、日本の女子レスリング選手。三重県桑名郡木曽岬町出身。階級は57kg級。身長159cm。 兄の尊道に続いて四日市ジュニア教室でレスリングを始めた。中学2年の時に全国中学生選手権の44kg級で2位になった。至学館高校へ進むと、2年の時には全日本選抜選手権と全日本選手権の58kg級で3位になった。3年の時にはインターハイ60kg級で優勝すると、ワールドカップでも優勝した。2018年には至学館大学へ進学すると、1年の時には全日本選抜選手権57kg級で2位になった。アジアジュニア選手権と全日本学生選手権では優勝するも、U-23世界選手権では決勝でカナダの選手に敗れて2位にとどまった。
南條 早映(なんじょう さえ、1999年7月15日 - )は… 南條 早映(なんじょう さえ、1999年7月15日 - )は、兵庫県出身の女子レスリング選手である。至学館大学卒。階級は55kg級。身長161cm。叔父はリオデジャネイロオリンピック女子柔道代表チーム監督を務めた南條充寿。3人兄妹であり、兄が2人いる。2022年4月より東新住建に入社し、レスリング部に所属。 吹田市民レスリング教室に所属していた小学生時代には全国少年少女選手権大会で4度の優勝を飾った。中学からは東京にあるJOCエリートアカデミーの所属となった。稲付中学1年の時に早くも全国中学選抜選手権で優勝すると、その後3連覇を果たした。全国中学生選手権と全日本女子オープン選手権中学生の部では、2年の時からそれぞれ2連覇を達成した。
奥野 春菜(おくの はるな、1999年3月18日 - )は、… 奥野 春菜(おくの はるな、1999年3月18日 - )は、三重県出身の女子レスリング選手。階級は53㎏級と55kg級。身長158cm。 2歳半の時にオリンピック3連覇の吉田沙保里を輩出した一志ジュニア教室で姉に続いてレスリングを始めた。久居西中学時代はジュニアクイーンズカップや全国中学生選手権52kg級などで優勝を飾った。久居高校時代にはインターハイで女子史上2人目の3連覇を果たした。また、1年の時には世界カデット選手権で3位、2年の時にはアジアカデット選手権で優勝、3年の時には世界カデット選手権で優勝した。 2017年には至学館大学へ進学した。1年の時には全日本選抜の55kg級に出場すると、初戦でライバルである安部学院高校3年の南條早映を破ると、決勝では元世界チャンピオンの浜田千穂に競い勝って初優勝を飾った。
髙橋 愛莉(たかはし あいり、1998年4月4日 - )は、… 髙橋 愛莉(たかはし あいり、1998年4月4日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 岐阜県大垣市出身。親の影響小学1年生からバレーボールを始める。 富山第一高等学校、至学館大学を経て、Vリーグ入りを目指す実業団チームである倉敷アブレイズに入団。 2021年、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属するデンソーエアリービーズに移籍。2021/22シーズンにV1女子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2023年、2022-23シーズンをもって現役を引退し、デンソーエアリービーズのマネージャーに就任した。
志土地 真優(しどち まゆ)、1997年6月22日 - )は… 志土地 真優(しどち まゆ)、1997年6月22日 - )は、日本の女子レスリング選手。三重県四日市市出身。至学館大学卒業。ジェイテクト所属。旧姓名は向田 真優(むかいだ まゆ)。2021年開催の東京オリンピック レスリング 女子フリースタイル53kg級金メダリスト。既婚。 幼少期は母や姉の影響で空手をしていたが、ブラジリアン柔術をしていた父に勧められ5歳でレスリングに転向した。小学校時代からレスリングの才能を示し、小学2年生(2005年)で三重県大会を制して初めての金メダルを手にし、全国少年少女選手権大会では4連覇を達成、日本レスリング協会事務局次長の菅芳松の目に留まり、JOCエリートアカデミー入校の推薦を得る。
堀田 ありさ(ほった ありさ、1996年12月30日 - )… 堀田 ありさ(ほった ありさ、1996年12月30日 - )は岐阜県関市出身の元女子プロ野球選手である。 野球を始めたのは小学校1年生で、地元のスポーツ少年団に入ってから、周りは男子だった。そのため体を動かすのが好きで野球にのめり込んだ。関市立桜ケ丘中学校に入学してからも野球は続け、2年生の時に女子プロ野球に興味をひかれる。 県内に野球部がなかったため、関市立関商工高等学校に入学、今度はソフトボール部の選手となる。国体出場時にサヨナラホームランを打ったことがある。高校卒業直前に入団テストを行ったが、不合格となる。 至学館大学短期大学部に入学。朝から講義、昼には練習、夜には居酒屋でバイトという日々を送った。
源平 彩南(げんぺい あやな、1996年6月1日 - )は、… 源平 彩南(げんぺい あやな、1996年6月1日 - )は、日本の女子レスリング選手。東京都出身。階級は63kg級。身長158cm。 フィギュアフォークラブでレスリングを始めた。安部学院高校へ進むと、2年の時にはJOC杯カデットの部65kg級で優勝した。3年の時にはアジアジュニア選手権67kg級で優勝した。2015年には至学館大学へ進むと、1年の時にはJOC杯ジュニアの部63kg級で優勝すると、アジアジュニア選手権で2連覇を果たした。全日本選手権では決勝で東新住建の伊藤彩香に敗れた。2年の時にはJOC杯ジュニアの部で2連覇、アジアジュニア選手権で3連覇を達成するも、全日本選抜選手権では決勝でジェイテクトの栄希和に敗れた。
角谷 萌々果(かどや ももか、1995年6月5日 - )は、… 角谷 萌々果(かどや ももか、1995年6月5日 - )は、日本の元女子レスリング選手。三重県鳥羽市出身。階級は53g級と55kg級。身長161cm。 鳥羽ジュニアレスリングクラブでレスリングを始めた。全国少年少女レスリング選手権大会では小学校3年の時から4連覇を達成した。鳥羽市立鳥羽東中学校3年の時に全国中学生選手権の52kg級で3位となった。至学館高校へ進むと、1年と2年の時にジュニアクイーンズカップカデットの部で3位となった。至学館大学へ進学すると、2年の時にはジュニアクイーンズカップジュニアの部とJOC杯ジュニアの部の51kg級で優勝するも、世界ジュニアでは5位だった。3年の時には全日本選抜選手権と全日本選手権の55kg級で2位になると、全日本学生選手権では優勝した。
川井 梨紗子(かわい りさこ、1994年11月21日 - )… 川井 梨紗子(かわい りさこ、1994年11月21日 - )は、石川県津幡町出身の女子レスリング選手。階級は58kg級。身長160cm。現在はジャパンビバレッジに所属。
片山 雄哉(かたやま ゆうや、1994年6月18日 - )は… 片山 雄哉(かたやま ゆうや、1994年6月18日 - )は、愛知県安城市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投左打。 安城市立桜町小学校3年時に「横山北ソフトボール」に入団しソフトボールを始める。安城市立安城南中学校では軟式野球部へ入部し野球に転向、捕手を務めた。 愛知県立刈谷工業高校時代は全国大会と縁がなく、卒業後は至学館大学短期大学部へ進学。後に至学館大学へ編入する予定であったもののそのまま卒業、在籍2年で野球部を退部し、BCリーグ・福井ミラクルエレファンツへ入団した。背番号は22。 2015年には、捕手兼外野手としてリーグ戦39試合に出場したが、打率.164に終わった。 2016年には、阪神タイガースから派遣された藤井彰人がバッテリーコーチに就任したことを機に捕手へ専念。
坂東 瑞紀(ばんどう みずき、1994年3月15日 - )は… 坂東 瑞紀(ばんどう みずき、1994年3月15日 - )は、日本の元女子プロ野球選手(投手)、野球指導者。2024年から広島県内の女子野球チーム・はつかいちサンブレイズに所属。 尾道市内の小学校で少年野球チームに入団する。地元の公立中学校に通い、女子硬式野球部がある駒沢学園女子高校、至学館大学へ進学する。 2016年埼玉アストライアへ入団。同年途中に兵庫ディオーネへ移籍。 2018年京都フローラへ移籍。 2019年からは愛知ディオーネへ復帰した。 2020年シーズン限りで女子プロ野球を退団、2021年から始動する女子硬式クラブチーム「阪神タイガース Women」に所属することが発表された。背番号は15。
栄 希和(さかえ きわ、1994年3月14日 - )は、日本… 栄 希和(さかえ きわ、1994年3月14日 - )は、日本の元女子レスリング選手。至学館大学レスリング部コーチ。 愛知県大府市出身、出生は兵庫県神戸市。至学館大学健康科学部健康スポーツ科卒。父はレスリング日本協会強化本部長で至学館大学レスリング部監督の栄和人、母は1992年女子世界選手権57kg級金メダリストの坂本涼子。両親が離婚してからは、母側の坂本姓を名乗っていたが、至学館大学への入学を機に父側の栄姓に変更している。 レスリングを始めたのは大府北中学2年の時で、それまではブラスバンド部に所属していた。練習を始めて3ヶ月で、全国中学生レスリング選手権大会で3位入賞し、翌年の同大会で優勝を果たす。
登坂 絵莉(とうさか えり、1993年8月30日 - )は、… 登坂 絵莉(とうさか えり、1993年8月30日 - )は、富山県高岡市出身の元女子レスリング選手である。階級は48kg級。身長152cm。至学館大学健康科学部健康スポーツ科学科を卒業した。2016年より至学館大学大学院に進学し、東新住建にも入社し女子レスリング部に所属したが、2022年3月31日をもって退職している。 国体のグレコローマンレスリング48kg級で優勝経験のある父の勧めで高岡市立木津小学校3年の時に高岡ジュニア教室でレスリングを始めた。なお、父親は柔道の田知本愛・遥姉妹の父親と高岡第一高校時代の同級生で、中学時代には柔道で対戦した経験もあった。 高岡市立南星中学校に入学すると、週3回の練習では飽き足らず「毎日練習しないと勝てない」と思い立ったことから、近くにあって毎日練習を行うことで知られる宮原優の父親が運営する「MIYAHARA GYM」に移ることになった。
伊藤 彩香(いとう あやか、1993年1月4日 - )は、日… 伊藤 彩香(いとう あやか、1993年1月4日 - )は、日本の元女子レスリング選手。現役時代は東新住建レスリング部所属していた。 三重県四日市市出身。いとこがレスリングをしていたのをきっかけに、7歳から地元の四日市ジュニア教室に通う。その後、「どうせやるなら、一番強いところがいい」という理由で、レスリングの強豪校であった愛知県の至学館高等学校に進学し、至学館大学を卒業。大学卒業後は2015年4月にレスリング部を創部したばかりの東新住建に入社した。その後、2020年3月末に現役を引退し、社員として働きながらレスリング部選手のサポートにあたっている。 チームメイトには、同じ至学館大学を卒業した2016年入社の登坂絵莉や2017年に入社した土性沙羅がいる。
志土地 希果(しどち まれか、1992年4月7日 - )は、… 志土地 希果(しどち まれか、1992年4月7日 - )は、日本の元女子レスリング選手。 至学館高等学校、至学館大学卒。元至学館大学レスリング部コーチで日本選手団のコーチを務める志土地翔大は兄にあたり、その妻である志土地真優(旧姓:向田)は義姉にあたる。 2011年全日本選抜選手権で女子51kg級で優勝、同年の世界選手権の代表に内定した。 JOCの仲介による就職支援ナビゲーションシステム「アスナビ」で2015年(平成27年)4月1日にジェイテクトに入社。 2018年(平成30年)1月17日に現役引退をTwitter上で発表している。8月8日には全日本レスリング王者の田野倉翔太=東京・自由ヶ丘学園高教)と入籍。
岡本 祥佳(おかもと よしか、1991年12月30日 - )… 岡本 祥佳(おかもと よしか、1991年12月30日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 愛知県三好町(現みよし市)出身。小学時代はバスケットボールに打ち込んだが、進学した三好町立南中学校にバスケット部がなく、中学1年よりバレーボールを始める。豊橋中央高等学校在学中には、平成21年インターハイ(ベスト16)や第40回春高バレー(ベスト8)などで活躍し、東海大学バレーボールリーグ1部の至学館大学に進学した。 2013年12月6日、上尾メディックスは岡本ら4選手の入団内定を発表した。 2013/14V・チャレンジマッチの対JTマーヴェラス戦に、元来はミドルブロッカーだがオポジットとして途中出場。
渡利 璃穏(わたり りお、1991年9月19日 - )は、島… 渡利 璃穏(わたり りお、1991年9月19日 - )は、島根県松江市出身の元女子レスリング選手。階級は63kg級。身長163cm。松江市立第一中学校、至学館高等学校、至学館大学を卒業、至学館大学レスリング部の出身。アイシンAWに所属。 松江レスリングクラブの出身で、松江市立第一中学校からレスリングの強豪である至学館高等学校、至学館大学へ進学し、現在はアイシンAWに所属している。 2008年、全日本ジュニアレスリング選手権大会(カデットの部)決勝でそれまで全国中学生選手権で3連覇を達成していた渡利より1学年上の佐藤文香を破って優勝する。世界ジュニア選手権に出場する。 2013年、全日本選手権で初優勝を飾る。
ジャングル叫女(ジャングルきょうな、1991年4月1日 - … ジャングル叫女(ジャングルきょうな、1991年4月1日 - )は、日本の女性プロレスラー。愛知県名古屋市出身。至学館大学卒業。血液型B型。 学生時代は陸上競技のハンマー投げと砲丸投げでインカレにも出場。室伏重信から指導を受けたこともある。 大学卒業後は青年海外協力隊員としてセネガルに2年間派遣され、現地で小学校の体育教員として活動した。 2015年7月に帰国し、青年海外協力隊の友人からプロレスを勧められ、8月にスターダム入門。 この項目は、格闘技およびその選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ総合格闘技/PJプロレスラー)。
今井 沙緒里(いまい さおり、1990年8月22日 - )は… 今井 沙緒里(いまい さおり、1990年8月22日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は短距離。長野県上伊那郡辰野町出身。 至学館高等学校から至学館大学を卒業後、鈴波を経て一時は競技を離れたが故郷である長野県に戻り飯田病院に勤務しながら競技を続けていた。 小学4年生から陸上競技を始め、2005年に開催された晴れの国おかやま国体の4×100mリレーに参加。2008年、インターハイの200mで優勝。 2009年、日本インカレの200mで優勝。 2010年、日本インカレの100m、200mで3位、日本選手権の200mで3位。 2011年、日本選手権の200mで3位、アジア選手権の200mで3位、アジア選手権、世界陸上大邱大会の4×100mリレーに日本代表のアンカーとして出場、アジア選手権は優勝。
土屋 実沙希(つちや みさき、1989年2月11日ー)は、静… 土屋 実沙希(つちや みさき、1989年2月11日ー)は、静岡県湖西市出身のボートレーサー。 登録第4730号。111期生。静岡支部所属。夫は同じボートレーサーの渡邉裕貴。湖西市立鷲津中学校、静岡県立湖西高等学校卒業、中京女子大学短期大学部(現・至学館大学)中退。血液型A型。
井上 佳子(いのうえ よしこ、1988年4月26日 - )は… 井上 佳子(いのうえ よしこ、1988年4月26日 - )は、山口県出身の元女子レスリング選手である。2011年女子世界選手権67kg級銅メダリスト。至学館高等学校・至学館大学卒業。クリナップ所属。161cm。 至学館高校では2004・05年に全国高校女子選手権優勝。2005年はアジアカデット選手権でも優勝。 2006年は世界ジュニア選手権、さらに全日本選手権でも優勝。 至学館大学進学後の2007・2009年に世界選手権で5位入賞。 2011年よりクリナップ所属。同年のアジア選手権で優勝。そして世界選手権で銅メダル獲得。
西牧 未央(にしまき みお、1987年7月15日 - )は、… 西牧 未央(にしまき みお、1987年7月15日 - )は、日本の元女子レスリング選手である。大阪府出身。身長160cm。至学館高等学校・中京女子大学卒業。早稲田大学博士課程スポーツ科学博士(早稲田大学) 少年少女レスリングの名門・吹田市民教室で全国少年少女選手権7連覇を記録。関西大学第一中学校でも3年連続全国2冠を達成。 高校は愛知の至学館高校に進み、ジャパンクイーンズカップの年代別部門タイトルを取り続け、2003年の全日本選手権で岩間怜那に敗れるまで10年間公式戦負けなしの記録を打ち立てた。 2004年のジャパンクイーンズカップ59kg級でシニア部門優勝を果たした。国際大会でも同年のアジアジュニア、世界ジュニアで優勝。
坂本 真喜子(さかもと まきこ、1985年11月20日 - … 坂本 真喜子(さかもと まきこ、1985年11月20日 - )は、日本の女子レスリング48kg級の元選手。青森県八戸市出身。陸上自衛官(3等陸曹)。女子レスリング51kg級の小原日登美は姉、また女子レスリング67kg級の坂本襟はいとこである。身長152cm。中京女子大学附属高等学校(現・至学館高等学校) - 中京女子大学。山本美憂が2回以上対戦して一度も勝つことができなかった唯一の選手である。 2000年全国女子中学生選手権優勝などを経て、中京女子大学附属高校へ。2002年に全日本選手権48kg級で勝ち(以下同級)、2003年は世界選手権に出場して5位。アテネオリンピックは伊調千春との争いに敗れて逃したが、2005年世界選手権に出場して銅メダルを獲得。
新海 真美(しんかい まみ、女性、1985年6月7日 - )… 新海 真美(しんかい まみ、女性、1985年6月7日 - )は、日本のレスリング選手である。滋賀県蒲生郡日野町出身。滋賀県立日野高等学校、中京女子大学卒業。滋賀レイクスターズ所属。 高3時に72kg級でジュニアオリンピックと全国高校選手権で優勝し、世界ジュニア選手権にも出場。 大学進学後も1年で全日本学生選手権優勝、2年時もアジアジュニア選手権、世界ジュニア選手権、ユニバーシアードでいずれも金メダル獲得。 3年時に全日本選手権で67kg級準優勝。ジャパンクイーンズカップで優勝。 卒業後の2008年、アイシン・エィ・ダブリュに入社。同年のアジア選手権で優勝し、東京で開かれた世界選手権で銀メダル獲得。
本橋 裕子(もとはし ゆうこ、1985年3月17日 - )は… 本橋 裕子(もとはし ゆうこ、1985年3月17日 - )は、日本の女子レスリング選手、プロレスラー。静岡県静岡市出身。身長155cm、体重52kg、血液型B型。中京女子大学卒業。エスオベーション所属。 清水ドリームスでレスリングを始め、カデット世界選手権代表にも選ばれる。 中京女子大学レスリング部では伊調馨と同期。2006年クイーンズカップ51kg級で3位に入賞するなど活躍した。 卒業後、エスオベーションに入団。 2007年8月5日に新木場1stRINGで行われた対吉田万里子戦でプロレスデビュー。 プロレスラーとしての活動と並行して、成国晶子の指導の下、レスリング競技も継続。2007年の全日本社会人48kg級で優勝を果たした。
甲斐 友梨(かい ゆり、女性、1984年5月8日 - )は、… 甲斐 友梨(かい ゆり、女性、1984年5月8日 - )は、ファッションデザイナー。KINGLILY株式会社の代表取締役。元レスリング選手である。滋賀県出身。現姓は岡田。滋賀県立八幡工業高等学校、中京女子大学卒業。現役時代はアイシン・エィ・ダブリュに所属した。 中学時代は柔道に取り組み、高校進学とともにレスリング転向。名門・中京女子大に進学後、2004年ジャパンクイーンズカップ優勝。アジア選手権で銀メダル。 2005年、ユニバーシアード出場。 2007年、ワールドカップ48kg級を4戦全勝で個人優勝。 2008年、全日本社会人選手権初優勝、全日本選手権で堀内優に敗れ準優勝に終わるも堀内が肩を負傷したため変わって翌年の世界選手権51kg級出場権を得た。
末松 佳子(すえまつ よしこ、1982年2月14日 - )は… 末松 佳子(すえまつ よしこ、1982年2月14日 - )は、日本のフリースタイルカヌー選手。PADDLETRIP KAYAK SCHOOL(パドルトリップカヤックスクール)代表。 岐阜県郡上市出身。郡上市立八幡西中学校、県立郡上高校を経て至学館大学健康科学部健康スポーツ科学科卒。 高校時代はバレーボール部に所属。大学を卒業後、地元郡上でラフティングガイドの仕事をはじめリバーカヤックに出会う。 2009年、初出場した日本カヌーフリースタイル選手権大会で3位となり、日本代表権を獲得。同年、ICFカヌーフリースタイル世界選手権スイス大会出場に出場した。 2014年にはフランスとスペインで開催されたICFカヌーフリースタイルワールドカップ女子スクォートの部で優勝している。
伊調 千春(いちょう ちはる、1981年10月6日 - )は… 伊調 千春(いちょう ちはる、1981年10月6日 - )は、日本の元女子レスリング選手。青森県八戸市出身。アテネオリンピック、および北京オリンピック女子48kg級銀メダリスト。身長157cm。
高林 恭子(たかばやし きょうこ、1981年1月15日 - … 高林 恭子(たかばやし きょうこ、1981年1月15日 - )は、日本の女性総合格闘家。岐阜県高山市出身。ALIVE所属。 2005年5月11日、プロデビュー。 2005年9月18日、第12回全日本アマチュア修斗選手権・女子フライ級(2名参加)に出場。ワンマッチ決勝で山崎裕子に判定勝ちし、優勝を果たした。 2007年3月11日、スマックガールで石岡沙織と対戦し、3-0の判定勝ち。 2007年11月8日、修斗で藤井惠と対戦し、0-3の判定負け。 2008年2月14日、SMACKGIRL WORLD ReMix TOURNAMENT 2008 ライト級トーナメント1回戦でアンナ・ミッシェル・タバレスと対戦し、腕ひしぎ三角固めで一本負け。
小原 日登美(おばら ひとみ〈旧姓・坂本〉、1981年〈昭和… 小原 日登美(おばら ひとみ〈旧姓・坂本〉、1981年〈昭和56年〉1月4日 - 2025年〈令和7年〉7月18日)は、日本の女子レスリング元選手。2012年ロンドンオリンピック女子レスリング48kg級・金メダリスト。 青森県八戸市出身。八戸工業大学第一高等学校-中京女子大学(現・至学館大学)卒。陸上自衛官(2021年4月現在の階級は3等陸佐)。選手として在籍していた自衛隊体育学校でコーチを務めていた。 女子レスリング48kg級の坂本真喜子は妹、現役男子フリースタイル70kg級坂本将典は弟、また女子レスリング67kg級の坂本襟はいとこである。身長155cm。 青森・八戸キッズでレスリングに取り組み、1998年に全国高校生選手権50kg級で優勝。
坂本 襟(さかもと えり、1980年7月2日 - )は、日本… 坂本 襟(さかもと えり、1980年7月2日 - )は、日本の女子レスリング67kg級の元選手。青森県出身。株式会社ワァークスジャパンレスリング部所属。身長168cm。 八戸工業大学第一高等学校-中京女子大学卒。いとこの坂本日登美に影響されて八戸キッズでレスリングに取り組む。2000年全日本ジュニアレスリング選手権大会68kg級で優勝し、世界ジュニア選手権に出場。2001年はジャパンクイーンズカップで優勝したが、世界選手権出場は逃した。その後、2003・2004年にワールドカップ出場の機会を得て力をつけ、2004年全日本選手権で2位に食い込んだ。2005年はワールドカップに出場、またアジア選手権で2位となる。
岩間 怜那(いわま れな、1979年8月2日 - )は、日本… 岩間 怜那(いわま れな、1979年8月2日 - )は、日本の元女子レスリング選手。岩手県出身。現姓は栄。 岩手県立宮古商業高校でレスリングを始め、中京女子大学(現・至学館大学)に進学。大学卒業後は、リプレ化粧品、綜合警備保障に所属したのち、体育教員として愛知県立半田農業高校に勤務。 2008年5月14日に、大学在学中にレスリング部の師弟関係にあった栄和人と結婚。 この項目は、格闘技およびその選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ総合格闘技/PJプロレスラー)。
宮本 知恵(みやもと ともえ、女性、1978年6月13日 -… 宮本 知恵(みやもと ともえ、女性、1978年6月13日 - )は、日本の元レスリング選手。土浦日本大学高等学校、中京女子大学卒業。 1997年アジア選手権で銅メダル獲得。 1998年ジュニア世界選手権でも銅メダル獲得。 1999年世界選手権初出場も11位。 2000年はアジア選手権で金メダルを獲得し、世界選手権でも銅メダル獲得。 2001年東アジア競技大会で銅メダル獲得。
大門 まい子(おおかど まいこ、1977年8月4日 - )は… 大門 まい子(おおかど まいこ、1977年8月4日 - )は、日本の女性総合格闘家。おっさんのリングネームで知られる。三重県出身。総合格闘技闇愚羅所属。 高校時代は柔道を経験。中京女子大学に進学後、レスリング部に所属し、全日本女子学生選手権46kg級4位などの実績を残した。 2002年4月7日、スマックガールでプロデビュー。渡邊久江と対戦し、グラウンド状態での顔面パンチを受け、失格勝ちとなった。 2002年11月9日、JAPAN CUP 2002のライト級(-52kg)トーナメント準決勝でしなしさとこに一本負け。 2003年4月2日、渡邊久江と再戦し、判定負け。 2003年11月10日、JAPAN CUP 2003のライト級(-52kg)トーナメントに出場。
越智 久美子(おち くみこ、1976年11月17日 - )は… 越智 久美子(おち くみこ、1976年11月17日 - )は、日本の教育者。至学館大学健康科学部健康スポーツ科学科准教授。 愛知県名古屋市出身。旧姓は平野。 中京女子大学付属高等学校(現・至学館高等学校)卒業。中京女子大学(現・至学館大学)人文学部アジア文化学科卒業。名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士後期課程満期退学。至学館大学健康科学部健康スポーツ科学科准教授。
今井 美希(いまい みき、1975年<昭和50年>5月30日… 今井 美希(いまい みき、1975年<昭和50年>5月30日 - )は、日本の女子走高跳選手である。2001年9月15日、横浜市で行われたスーパー陸上で1メートル96の日本記録を樹立した。身長174cm、血液型はB型。愛知県名古屋市出身。 愛知県立瑞陵高等学校、中京女子大学(現・至学館大学)を経てミズノトラッククラブに所属した。 現役中は日本学生陸上競技対校選手権大会(日本インカレ)を3連覇、日本選手権で6度の優勝を果たす。2000年のシドニーオリンピックで日本代表となる。 2005年9月25日の全日本実業団対抗陸上競技選手権大会を最後に競技の第一線から退いた。現在は、母校である至学館大学健康科学部 体育科学科 の准教授。
辻 結花(つじ ゆか、1974年12月11日 - )は、日本… 辻 結花(つじ ゆか、1974年12月11日 - )は、日本の女性総合格闘家。大阪府枚方市出身。初代SMACKGIRLライト級王者。初代VALKYRIEフェザー級王者。 レスリングの名門中京女子大学出身で、レスリング時代は1997年アジア女子選手権51 kg級3位、1998年全日本女子選手権51 kg級3位、1999年ポーランドオープン優勝、2000年スウェーデンカップ優勝などの実績を残した。 2001年9月24日、全日本アマチュア修斗選手権・女子フェザー級(60 kg級)にエントリーするも、もうひとりのエントリー者・米沢知佐が負傷欠場し、トーナメント不成立となった。 2001年12月26日、AXにおける星野育蒔戦で総合格闘技デビュー。
唐見 実世子(からみ みよこ、1974年9月6日 - )は、… 唐見 実世子(からみ みよこ、1974年9月6日 - )は、広島県広島市出身の自転車プロロードレース選手である。愛称は「からみっち」「からみー」。 広島市立美鈴が丘高等学校、中京女子大学卒業後、カツリーズサイクルに入社。1999年のアジア選手権で3位に入り、以降国内で多くのタイトルを獲得。2004年にはアテネ五輪にも出場。2005年より活動拠点をイタリアのサフィパスタ・ザーラ・マンハッタンに移し、欧州各地や国内を転戦しているほか、世界選手権にも出場。2006年にはアジア大会に出場し4位入賞となる。2007年よりチームサッカレッリに移籍。その後現役引退し一度は自転車競技から離れるものの、9年間のブランクを経て2016年より弱虫ペダル サイクリングチームでプレイングコーチとして現役復帰し2022年まで在籍。
坂本 涼子(さかもと りょうこ、1970年4月24日 - )… 坂本 涼子(さかもと りょうこ、1970年4月24日 - )は、兵庫県出身の日本の元女子レスリング選手である。1992年女子世界選手権57kg級金メダリスト。中京女子大学卒業。 吹田市民教室でレスリングを始め、1987年の第1回全日本女子選手権および第1回全日本女子オープントーナメントで優勝。1990年まで両大会で連覇を続け、1990年全日本女子選手権では全日本女子プロレスの新人だった長嶋美智子からフォールを奪っている。1990年に中京女子大学に入学し、レスリング部に所属した。世界選手権にも出場し、1989年に銀メダル、1990年に銅メダルを獲得。 1991年も全日本女子選手権で優勝するが、膝を負傷し手術を受ける。
伊藤 由里子(いとう ゆりこ、1968年12月16日 - )… 伊藤 由里子(いとう ゆりこ、1968年12月16日 - )は、愛知県常滑市出身のプロフェッショナル エアロビック選手でパブリックスピーカー。身長:156cm、体重:51kg。世界タイトルを9つ獲得している。 3姉妹の末っ子として愛知県常滑市に出生。中京女子大学短期大学部体育科卒業。スタジオNAFA 第14期インストラクター養成コース修了。 1988年頃からエアロビクスをはじめ、その年に初めて競技会に参加。 小中学校時代に器械体操、高校時代に新体操、ジャズダンス、クラシックバレエ、短大時代にモダンダンスを経験。1996年にスズキワールドカップで世界の頂点をつかむ。 以来エアロビクスの女王として「世界のイトウ」は頂点に君臨 世界の3大大会である 「スズキワールドカップ」「World Aerobic Championship」「 FIG Sports Aerobics World Championships」の全てのタイトルを手にしているが、 1999年度は1シーズン中にこれらの世界3大大会すべてを制覇する「グランドスラム」を獲得する快挙を成し遂げた。
門奈 裕子(もんな ゆうこ、1965年6月22日 - )は、… 門奈 裕子(もんな ゆうこ、1965年6月22日 - )は、日本のフィギュアスケートコーチ。静岡県浜松市出身。愛知県名古屋市在住。 静岡県浜松市出身。浜松女子商業高等学校(現在の浜松修学舎高等学校)、中京女子大学(現在の至学館大学)卒業。 浜松市内のスケートリンクでスケートを始め、浜松女子商業高校を卒業後は愛知県名古屋市の中京女子大学に進学し、小塚光彦指導の下で名古屋市を拠点に活動を行った。大学卒業と同時に選手を引退。 引退後は指導者の道へと進み、名古屋市内にある星ヶ丘スポーツP&Sの専任コーチを経て現在は名東フィギュアスケーティングクラブの顧問コーチを務めている。2007年には山田満知子、小塚嗣彦とともに中京大学アイスアリーナアドバイザーに就任した。
栄 和人(さかえ かずひと、1960年6月19日 - )は、… 栄 和人(さかえ かずひと、1960年6月19日 - )は、日本の元レスリング選手。元全日本女子レスリングヘッドコーチ。元至学館大学(旧・中京女子大学)健康科学部健康スポーツ学科教授。同大学レスリング部の監督。大府市レスリング協会会長。 鹿児島県奄美市笠利町万屋(旧・大島郡笠利町万屋)出身。奄美市立赤木名中学校、鹿児島商工高等学校(現樟南高等学校)、日本体育大学体育学部体育学科卒業。マネジメントはエイベックス・スポーツ株式会社。身長166cm。血液型A型。 至学館大学レスリング部の教え子に48kg級の伊調千春・小原日登美・登坂絵莉、55kg級の吉田沙保里、63kg級の伊調馨・川井梨紗子、69kg級の土性沙羅など、多くのオリンピックメダリストを送り出している。
米陀 京子(よねだ きょうこ、1931年 - )は、日本の陸… 米陀 京子(よねだ きょうこ、1931年 - )は、日本の陸上選手。 1931年、富山県下新川郡魚津町で飲食店を営む両親のもと生まれる。 1945年の国民体育大会で入賞を果たし注目を浴びる。1947年に富山県立魚津女子高等学校に入学すると、翌1948年には日本選手権の走高跳で優勝を果たした。 1949年に中京女子短期大学入学、1951年アジア競技大会の走高跳と80mハードルで優勝した。その後、東京教育大学(現・筑波大学)に編入した。 卒業後は東京教育大学附属中学校(現・筑波大学附属中学校)で体育教師として勤務した。
吉野 トヨ子(よしの トヨこ、1920年(大正9年)2月12… 吉野 トヨ子(よしの トヨこ、1920年(大正9年)2月12日 - 2015年(平成27年)1月24日)は、日本の陸上競技選手。ヘルシンキオリンピック・メルボルンオリンピック陸上女子円盤投代表。元円盤投日本記録保持者、五種競技日本記録保持者。 北海道網走市出身。香蘭高等女学校(現在の香蘭女学校中等科・高等科)、中京高等女学校家事体操専攻科(現:至学館大学)卒業。 戦前はスプリンターとして活躍。1938年、マルチな身体能力を生かし五種競技で237点の日本新記録を樹立した。 戦後は投てきに転向し、円盤投と砲丸投に活躍。1950年、関東選手権で円盤投に出場し、42m58の日本新記録を樹立した。1951年アジア競技大会に出場し、円盤投・砲丸投・やり投で金メダルを獲得した。
児島 文(こじま ふみ、1916年12月17日 - 1996… 児島 文(こじま ふみ、1916年12月17日 - 1996年6月7日)は、日本の陸上競技選手、陸上競技指導者。旧名・フミ。 鹿児島県肝属郡高山町(現肝付町)出身。中京高等女学校家事体操専攻科(現・至学館大学)卒。鳥栖高等女学校(現佐賀県立香楠中学校・鳥栖高等学校)教員、鹿児島第一高等女学校(現鹿児島県立鶴丸高等学校)教員を務めた。1934年(昭和9年)6月、砲丸投で10m84cmの女子日本新記録を出し、以後、円盤投、砲丸投の選手として活躍。1936年ベルリンオリンピックで女子円盤投に出場した。1951年アジア競技大会で、 円盤投と砲丸投で銀メダルを獲得した。 その後、九州で陸上競技の指導を行い、南日本新聞スポーツ担当記者、愛知県立女子短期大学教授、鹿児島経済大学(現鹿児島国際大学)教授、鹿児島陸上競技協会理事長などを務めた。