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藤天晴 真逢輝(ふじてんせい まある、2007年1月9日 -… 藤天晴 真逢輝(ふじてんせい まある、2007年1月9日 - )は、鹿児島県奄美市出身で藤島部屋所属の現役大相撲力士。本名及び旧四股名は福崎 真逢輝(ふくざき まある)。身長172.0cm、体重138.1kg。最高位は西十両13枚目(2026年3月場所)。 奄美大島の住用相撲クラブで5歳の頃から相撲を始める。中学生の頃までは相撲以外にも空手、ラグビー、テニスにも取り組んだ。 樟南高等学校では2年時に高等学校相撲金沢大会の個人無差別級で準優勝。3年時には第78回国民スポーツ大会にて少年の部個人で優勝し、全日本相撲選手権大会でも大学生や社会人を破りベスト8に進出した。 高校卒業後は藤島部屋に入門。全日本選手権8強の実績により、史上初となる高卒での幕下付出として2025年3月場所で初土俵。
下川 諒(しもかわ りょう、2000年1月12日 - )は、… 下川 諒(しもかわ りょう、2000年1月12日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 鹿児島県指宿市出身。兄の影響で小学2年生からバレーボールを始める。 樟南高等学校、亜細亜大学を経て、大学4年生の2021/22シーズン、V.LEAGUE DIVISION2 MEN(V2男子)に所属する兵庫デルフィーノに入団した。当シーズンにV2の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2022年、2021-22シーズン終了後、V1男子に所属するVC長野トライデンツに移籍した。入団1シーズン目の2022-23シーズン、V1の試合に出場しV1デビューを果たした。 2023年、日本代表登録メンバーに選出された。
浜屋 将太 (はまや しょうた、1999年1月26日 - )… 浜屋 将太 (はまや しょうた、1999年1月26日 - )は、鹿児島県曽於郡大崎町出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 大崎町立大崎小学校では2年時に大崎ソフトボールスポーツ少年団でソフトボールを始め、大崎町立大崎中学校では鹿児島大隅ボーイズに所属した。 樟南高等学校進学後、1年夏からベンチ入りを果たすと、2年秋からエースとなった。3年夏の鹿児島県大会では、決勝の鹿児島実業高校戦で6回から10回をロングリリーフし、13奪三振無失点に抑え、再試合に持ち込んだ。再試合では3―2で勝利し、甲子園出場を決めた。第98回全国高等学校野球選手権大会では、初戦の石原彪、山本祐大擁する京都翔英高校戦で8回を1失点に抑え勝利に貢献。
下堂 竜聖(しもどう りゅうせい、1996年4月17日 - … 下堂 竜聖(しもどう りゅうせい、1996年4月17日 - )は、鹿児島県出身のサッカー選手。Jリーグ・レノファ山口FC所属。ポジションはディフェンダー(DF)。 福岡大学から2019年に当時四国サッカーリーグの高知ユナイテッドSCに加入。加入3年目の2021年は32試合全てに出場し、3得点をあげた。 2022年、Jリーグのヴァンラーレ八戸に完全移籍。3月13日、J3リーグ第1節のテゲバジャーロ宮崎戦でスタメン出場しJリーグデビューを飾った。 2023年、カターレ富山へ完全移籍。 2024年6月、レノファ山口への完全移籍を発表。
秋吉 翔太(あきよし しょうた、1990年7月22日–)は、… 秋吉 翔太(あきよし しょうた、1990年7月22日–)は、熊本県熊本市出身の日本のプロゴルファー。 野球や水泳をしていたが10歳のころから父親の影響でゴルフを始め、高校は樟南高等学校に進学。 2008年、第63回国民体育大会ゴルフ競技少年の部では鹿児島県代表として出水田大二郎らと団体2位。個人では木下稜介に2打差、松山英樹に6打差をつけて優勝している。 高校卒業後、熊本県内のゴルフ場で腕を磨きながらともに練習をしていた有村智恵、一ノ瀬優希らのツアーキャディを務めたこともある。 2009年プロ転向。2011年、プロ転向後のツアー初戦「日本オープンゴルフ選手権競技」で最終日を6位タイで迎えたが15位タイに終わった。
矢田 良太(やだ りょうた、1989年6月8日 - )は、日… 矢田 良太(やだ りょうた、1989年6月8日 - )は、日本の元プロボクサー。大阪府枚方市出身。グリーンツダボクシングクラブ所属。かつては尼崎ボクシングジムに所属していた。第54代日本ウェルター級王者。ニックネームは「なにわのターミネーター」。 小、中学校時代は枚方リトルシニアの投手で活躍して、樟南高等学校野球部時代は2学年先輩に大和(現・DeNA)がいる。 高校卒業後はサラリーマンになるが、4年後に脱サラしてボクシングを始めた。 2012年4月8日に松下IMPホールで岩永勝利とフェザー級4回戦を戦い、1回1分9秒KO勝ちを収めデビュー戦を白星で飾ったが、同年7月29日に松下IMPホールで御木雅行とフェザー級4回戦を戦い、4回0-3(38-39×2、37-39)の判定負けでプロ初黒星を喫した。
野上 亮磨(のがみ りょうま、1987年6月15日 - )は… 野上 亮磨(のがみ りょうま、1987年6月15日 - )は、福岡県太宰府市出身の元プロ野球選手(投手、右投右打)、2024年から読売ジャイアンツ三軍投手コーチを務める。 妻は元モーニング娘。のメンバーでタレントの石川梨華。 太宰府市立太宰府西中学校時代はフレッシュリーグの筑紫エンデバーズに所属。中学の1学年後輩に大石達也がいる。高校は当時の硬式野球部の監督から誘いを受けた神村学園高等部へ進学。同校3年次の2005年春、第77回選抜大会に出場し、準優勝投手となる。3年夏は鹿児島大会決勝にて樟南高校と対戦し、前田大和に同点適時打を打たれ、4-5で惜敗したが選抜大会の活躍で一躍プロのスカウトも注目する存在となり、プロ志望届を提出したが指名はなく、日産自動車に入社。
青野 毅(あおの たけし、1983年1月12日 - )は、鹿… 青野 毅(あおの たけし、1983年1月12日 - )は、鹿児島県川辺郡坊津町(現:南さつま市)出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)、野球指導者。 鹿児島県川辺郡坊津町大字坊(現:南さつま市坊津町坊)出身。坊泊中学校を経て、樟南高校に入学。高校時代は1年夏の県大会準決勝で1学年上の上野弘文を後を受けて点差の付いた9回1イニングを投げたが敗退。秋は九州大会準々決勝でも上野-鶴岡慎也のバッテリーが先発し、2番手で登板したが敗退。2年夏は1学年上の上野-鶴岡とともに自身は外野手として甲子園出場。3年夏の甲子園はエースで主将で4番としてベスト4、高校日本選抜にも選出された。 2000年オフ、千葉ロッテマリーンズにドラフト5位で投手として指名を受け入団した。
鶴岡 慎也(つるおか しんや、1981年4月11日 - )は… 鶴岡 慎也(つるおか しんや、1981年4月11日 - )は、鹿児島県肝属郡高山町(現:肝付町)出身の元プロ野球選手(捕手、右投右打)、野球解説者・野球評論家。 肝付町立高山小学校時代は、高山ソフトボールスポーツ少年団に所属し投手だった。 高山中学ではボーイズリーグ・鹿屋ベイスターズで硬式野球を始め、投手を希望していたが監督により捕手へと転向させられた(断って投手を続けていたらプロにはなれなかったと振り返っている)。捕手として全国大会で準優勝を経験。 樟南高校では捕手として甲子園に2度出場。同級生に上野弘文、1年下に青野毅がいる。2年の時、1998年は第70回選抜高等学校野球大会に出場したが1回戦でPL学園に敗れた。
濱涯 泰司(はまぎわ やすじ、1970年10月3日 - )は… 濱涯 泰司(はまぎわ やすじ、1970年10月3日 - )は、鹿児島県串木野市出身の元プロ野球選手(投手)。 串木野市立照島小学校2年生のころ、ボーイズリーグ「串木野黒潮」で野球を始める。鹿児島商工高等学校(現在の樟南高等学校)3年生の時にエースとして鹿児島大会ベスト4入りした。高校時代の同期に川名慎一がいる。 九州国際大学では3年秋の明治神宮大会初戦で東北福祉大学と対して完投するも伊藤博康の本塁打などで敗れた。4年生だった1992年春に九州六大学野球リーグタイ記録の9勝、リーグ最多記録の115奪三振を樹立し、ベストナイン3回。同年は大学選手権でも奈良産業大学相手に13奪三振を記録した。 1992年のNPBドラフト会議3巡目で地元の福岡ダイエーホークスへ指名されたことを機に入団。
栄 和人(さかえ かずひと、1960年6月19日 - )は、… 栄 和人(さかえ かずひと、1960年6月19日 - )は、日本の元レスリング選手。元全日本女子レスリングヘッドコーチ。元至学館大学(旧・中京女子大学)健康科学部健康スポーツ学科教授。同大学レスリング部の監督。大府市レスリング協会会長。 鹿児島県奄美市笠利町万屋(旧・大島郡笠利町万屋)出身。奄美市立赤木名中学校、鹿児島商工高等学校(現樟南高等学校)、日本体育大学体育学部体育学科卒業。マネジメントはエイベックス・スポーツ株式会社。身長166cm。血液型A型。 至学館大学レスリング部の教え子に48kg級の伊調千春・小原日登美・登坂絵莉、55kg級の吉田沙保里、63kg級の伊調馨・川井梨紗子、69kg級の土性沙羅など、多くのオリンピックメダリストを送り出している。
若嶋津 六夫(わかしまづ むつお、1957年〈昭和32年〉1… 若嶋津 六夫(わかしまづ むつお、1957年〈昭和32年〉1月12日 - 2026年〈令和8年〉3月15日)は、鹿児島県熊毛郡中種子町(種子島)出身で二子山部屋に所属した大相撲力士。最高位は東大関。身長188 cm、体重125 kg。本名は日高 六男(ひだか むつお)。 妻は同じ鹿児島県出身で元アイドル歌手の高田みづえ(若嶋津が幕内に昇進した頃に雑誌のインタビューで「理想の女性は」と聞かれてみづえの名を出していた。それから4年ほど後に実際に結婚することとなる)。南国出身の精悍な顔立ちで、「南海の黒豹(クロヒョウ)」の異名で呼ばれ、当時人気だった少年漫画『キャプテン翼』の登場人物の名前にも起用されるなど、人気の高い力士だった。
江藤 正基(えとう まさき、1954年2月26日 - )は、… 江藤 正基(えとう まさき、1954年2月26日 - )は、日本のレスリング選手。鹿児島県鹿児島市出身。鹿児島県商工高等学校(現在の樟南高等学校)卒業。 高校卒業後、自衛隊体育学校に入る。1975年、全日本選手権フリースタイル57kg級で3位入賞。1978年、全日本選手権で準優勝。1979年、全日本選手権で2年連続の準優勝。1980年、フリースタイルからグレコローマンに転向。全日本選手権でまた準優勝。1982年、全日本選手権で2年ぶりの準優勝。1983年、日本選手権で初優勝。世界選手権では金メダルを獲得。1984年ロサンゼルスオリンピックレスリンググレコローマン57kg級に出場し、銀メダルを獲得した。
小原 栄次(おはら えいじ、1897年〈明治30年〉9月13… 小原 栄次(おはら えいじ、1897年〈明治30年〉9月13日 - 1957年〈昭和32年〉1月20日)は、日本の弁護士、弁理士。 人権擁護委員東京連合会副会長、日本弁護士連合会人権擁護第一部長、東京地方裁判所調停委員、東京弁護士会常議員を歴任した。鹿児島県出身。族籍は鹿児島県士族。次女は声優、女優、ナレーター、朗読家の小原乃梨子。 鹿児島県士族・小原萬次郎の息子として同県日置郡上伊集院村上谷口に生まれる。母は奥休太郎の長女・イネ。1937年(昭和12年)に家督を相続した。1914年(大正3年)博約義塾(現・樟南高等学校)を卒業後、上京し、1917年(大正6年)、中央大学法科を卒業。卒業後、農商務省に奉職。