スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
松浦 伊吹(まつうら いぶき、2001年10月16日 - )… 松浦 伊吹(まつうら いぶき、2001年10月16日 - )は、日本のプロ野球審判員。日本野球機構(NPB)所属の育成審判員。 静岡県富士市出身。静岡県立富士高等学校、大東文化大学を経て、NPBアンパイア・スクールを修了。 2024年、NPBアンパイア・スクール第10期修了生として研修審判員契約を結び、ルートインBCリーグに派遣された。 2025年1月1日付で日本野球機構と育成審判員として契約し、関東地区に配属された。 富士高校時代は、1年の夏から出場するなど、4番捕手として活躍した。
渡辺 秀武(わたなべ ひでたけ、1941年〈昭和16年〉9月… 渡辺 秀武(わたなべ ひでたけ、1941年〈昭和16年〉9月16日 - 2007年〈平成19年〉8月25日)は、静岡県富士市出身のプロ野球選手(投手)、スカウト。 愛称は「メリーちゃん」。 富士高校卒業後の1960年に本州製紙へ入社するが、後に日本軽金属へ移籍。1963年の都市対抗では河合楽器に補強され出場し、電電四国との1回戦で好リリーフを見せ、勝利投手となるなど活躍。チームの準決勝進出に貢献するが、積水化学に敗退した。この時のチームメイトに一枝修平がいる。 大会終了後の8月23日に読売ジャイアンツへ入団し、二軍では3年目の1965年に防御率1.83でイースタン・リーグ最優秀防御率に輝いたが、最初の3年間は僅か3勝と低迷。
大木 護(おおき まもる、1934年9月15日 - )は、静… 大木 護(おおき まもる、1934年9月15日 - )は、静岡県出身の元プロ野球選手(外野手)。 富士高校から1954年に高橋ユニオンズへ入団。 1957年に球団吸収合併のため大映ユニオンズへ移籍し、同年引退。 長打力に期待されながら公式戦では1本も本塁打を打てなかったが、ユニオンズが解散する直前の東映フライヤーズとのオープン戦では本塁打を打っている。と同時にこれが非公式ではあるが「ユニオンズ最後の本塁打」であった。
田村 満(たむら みつる、1934年8月28日 - )は、静… 田村 満(たむら みつる、1934年8月28日 - )は、静岡県出身の元プロ野球選手(投手)。 静岡県立富士高等学校から明治大学に進学するが、人間関係が原因で大学を中退。1954年に先輩の勧めで、新球団・高橋ユニオンズの春季キャンプにテスト生として参加し、実力を認められて高橋に入団した。 プロ2試合目の登板となった6月12日の対西鉄ライオンズ戦で8回表にプロ野球記録のイニング7与四球を記録した。この試合を最後に登板機会がないままシーズンを終了。シーズンオフに、球団から来期の契約を結ばない旨の通告を受けるが、投手コーチ・若林忠志の配慮により、2月にテストをするので、春季キャンプには参加するようにとの連絡を受ける。