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鷲見 康夫(すみ やすお、1925年4月11日 - 2015… 鷲見 康夫(すみ やすお、1925年4月11日 - 2015年10月12日)は、日本の抽象画家。 1925年(大正14年)、大阪府に生まれる。7歳のときに彦根に引っ越す。関西大学専門部経済科(旧制)、および立命館大学専門部経済科(旧制)を卒業後、大阪市立高等学校・中学校で美術と英語、社会科の教師となる。建設省建設大学校(建設美学)、大同工業大学(造形・意匠)、宝塚造形芸術大学、名古屋芸術大学(現代美術)、関西大学(絵画)などでも講師を務めた。1954年(昭和29)、中学の同僚の嶋本昭三の勧めにより第7回芦屋市展に作品を出典する。この時に吉原治良と知り合い、その後吉原に絵画を習うようになる。1955年(昭和30年)に具体美術協会に加入した。
野口 謙蔵(のぐち けんぞう、1901年(明治34年)6月1… 野口 謙蔵(のぐち けんぞう、1901年(明治34年)6月17日 - 1944年(昭和19年)7月5日)は、日本の洋画家。滋賀県出身。 1901年(明治34年)6月17日、野口謙蔵は滋賀県蒲生郡桜川村綺田(現東近江市綺田町)で造酒業を営む裕福な家の次男として生まれた。父は桜川村初代村長を勤めた野口正寛、母は近在の素封家岡崎銀兵衛の娘で屋恵と言った。祖父野口正忠は美術愛好家で漢詩家、柿村と号し滋賀・京都の多くの文人と親交厚く、富岡鉄斎は正忠との交遊から長く野口家に居候をしていた。伯父(野口正忠の長男)野口正章の妻野口小蘋は明治時代の人気女流画家であり、謙蔵は一流の画家・美術品に囲まれて育ち、幼い頃から絵を描くことが好きだった。
渡辺 公観(わたなべ こうかん、明治11年(1877年)1月… 渡辺 公観(わたなべ こうかん、明治11年(1877年)1月20日 - 昭和13年(1938年)7月20日)は、文展(現日展)を中心に活動し、後に(日本)自由画壇を同士と創設した日本画家。 渡辺公観は、明治11年(1877年)1月20日に滋賀県大津(現大津市)の円満院門跡の侍医渡辺宣と歌人で円満院の侍講を務める服部春樹の娘田鶴の子として生まれ、耕平と名付けられた。明治25年(1891年)大津尋常小学校を卒業後彦根中学校(現滋賀県立彦根東高等学校)に進み、明治27年(1893年)京都美術工芸学校(現京都市立銅駝美術工芸高等学校)に転校後、明治28年(1894年)学校を辞し森川曽文に入門した。 師である森川曽文は明治36年(1902年)に没し、公観は以降独自に画業を研鑽し、明治40年(1906年)第1回文展に「進言」で初入選し、以後大正3年から7年迄の間に4回入選したが、大正8年(1919年)帝展(現日展)が開設されると官展から離れ、井口華秋、池田桂仙、上田萬秋、林文塘中堅画家らと自由な日本画制作を目指し日本自由画壇を結成した。
みやま 零(みやま ぜろ、Miyama-Zero、3月20日… みやま 零(みやま ぜろ、Miyama-Zero、3月20日 - )は、日本のイラストレーターおよび原画家、同人作家。 大阪市在住。「まやせろみ」名義で美少女ゲームのシナリオライターとしても活動している。 滋賀県立彦根東高等学校卒業。小説家の瑞智士記は高校の同級生であった。PCゲームの原画や小説の挿絵、カードゲームのイラストなどを担当している。また、同人サークル「Stray Moon」として関西を拠点に同人活動を行っており、同人ソフトをはじめ、ゲームの設定資料などを発表している。2008年には、自身初となる画集『カスタムメイド・ガール』が発売された。 繊細なタッチで描かれるイラストが好評を博しており、王道を行きながらも、個性的でかつマニアックな二面性をもった作品を描く。