スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
大塚 達宣(おおつか たつのり、2000年11月5日 - )… 大塚 達宣(おおつか たつのり、2000年11月5日 - )は、日本の男子バレーボール選手。 大阪府枚方市出身。小学3年生の頃、何かスポーツをしたいと思った時に、地元のVリーグチームのパナソニックパンサーズ(現・大阪ブルテオン)の下部組織「パンサーズジュニア」の存在を知り、入会してバレーボールを始める。中学までパンサーズジュニアで活動した。 2016年、洛南高等学校に進学。全日本高等学校選手権大会では2学年時の準優勝、3学年時の優勝に貢献した。 2019年、早稲田大学スポーツ科学部に進学。早稲田大学でも全日本インカレの優勝に貢献。 2020年、大学2年の年に日本代表に選出された。しかし、この年度は、新型コロナウイルス感染症の流行の影響でオリンピックをはじめとする国際大会が中止・延期となった。
垂水 優芽(たるみ ゆうが、2000年11月2日 - )は、… 垂水 優芽(たるみ ゆうが、2000年11月2日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 滋賀県草津市出身。友人に誘われバレーボールを始める。 洛南高等学校を経て筑波大学に進学。2022年の4年時、日本代表登録メンバーに選出された。同年、東日本大学選手権大会(東日本インカレ)の準優勝に貢献し、敢闘選手賞を受賞。全日本大学選手権大会(全日本インカレ)では350cmの最高到達点を武器に活躍し、準決勝で5連覇中の早稲田大学、決勝で東海大学に勝ち優勝を果たした。2022/23シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 MEN(V1男子)に所属するパナソニックパンサーズの内定選手となった。 2023年、大学卒業後に、パナソニックパンサーズに入団した。
山本 龍(やまもと りゅう、2000年9月23日 - )は、… 山本 龍(やまもと りゅう、2000年9月23日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 滋賀県大津市出身。兄弟の影響で6歳からバレーボールを始める。 2016年、洛南高等学校に進学。2年時の2018年1月、全日本高等学校選手権大会(春高バレー)で準優勝。3年時の2019年1月には春高で優勝を果たし、優秀選手賞を受賞した。 2019年4月、東海大学に進学。2022年の4年時には主将を務め、春季関東リーグの制覇に貢献し、最優秀選手賞とセッター賞を受賞した。また、東日本大学選手権大会(東日本インカレ)でも優勝を果たし2冠を達成。同年、V.LEAGUE DIVISION1 MEN(V1男子)に所属するサントリーサンバーズの内定選手となった。
牧山 祐介(まきやま ゆうすけ、1997年11月4日 - )… 牧山 祐介(まきやま ゆうすけ、1997年11月4日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 洛南高校、中央大学を経て、2019年末にパナソニックパンサーズ(現・大阪ブルテオン)の内定選手となった。 2020年、大学卒業後に、パナソニックパンサーズに入団した。 2021年2月、練習中に左アキレス腱断裂(全治6ヶ月)の負傷をした。 2022年、2021-22シーズン終了をもって現役引退し、チームのマネージャーに就任した。 2025年5月、同年9月30日までマネージャーとして活動し、10月より社業専念となることが発表された。
塩田 達也(しおた たつや、1989年11月17日 - )は… 塩田 達也(しおた たつや、1989年11月17日 - )は、日本の元男子バレーボール選手である。 京都府京都市出身。小学4年生の頃、何となくバレーボールを始める。 洛南高等学校、東海大学を経て、2012年、サントリーサンバーズに入団。 2013年、同年度日本代表登録メンバーに登録される。 2020-21シーズン、教員になるため、最後のシーズンにすると決断してV1に臨んだ。チームはV・レギュラーラウンド優勝を果たしファイナル進出も確定する。塩田は、入部以来チームがリーグ優勝を果たしてないため最後に優勝して現役生活を終えたいと話した。そして、ファイナルでもスタメン出場を果たし、優勝に貢献。有終の美を飾った。
福澤 達哉(ふくざわ たつや、1986年7月1日 - )は、… 福澤 達哉(ふくざわ たつや、1986年7月1日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 京都府京都市出身。兄がやっていた影響で、小学4年生からバレーボールを始める。 中学時代の通知票はオール5のスマートな一面もある。 洛南高等学校を経て、指定校推薦で中央大学法学部法律学科に進学。大学1年の時に日本代表に選出され、2005年ワールドリーグで代表デビューを飾った。 2008年、日本代表に再選出。北京オリンピック世界最終予選を経て、清水邦広と共に最年少で北京オリンピックに出場した。同年パナソニックパンサーズの内定選手となり、2008-2009年Vプレミアリーグの新人賞を獲得した。 2009年、大学卒業後にパナソニックに入団し、黒鷲旗大会で若鷲賞とベスト6を獲得。
今井 啓介(いまい けいすけ、1980年2月5日 - )は、… 今井 啓介(いまい けいすけ、1980年2月5日 - )は、日本の元インドアバレーボール選手、元ビーチバレーボール選手。現在はバレーボール、ビーチバレーの指導者、大学講師、Vリーグ解説員(DAZN、GAORA)である。 兵庫県西宮市出身。西宮市立学文中学校、洛南高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。 中央大学を卒業後、パナソニックパンサーズに入団。 2004年、インドア日本代表に初選出。北京オリンピックを目指すも、2006年足首故障による手術のため戦線を離脱。1年に及ぶリハビリ後、ポジションをコンバート。ミドルブロッカーとオポジットの2つのポジションを担い、2008年にはVリーグ優勝、黒鷲旗優勝、全日本選手権準優勝に貢献し日本一を経験する。