スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
新島卓矢(にいじま たくや、1986年(昭和61年)12月1… 新島卓矢(にいじま たくや、1986年(昭和61年)12月12日 - )は、日本の元体操競技選手。体操競技パフォーマー、指導者。 One on Oneバク転・アクロバット教室代表。One on One(同)所属。 よしもと興業ふるさとアスリート。 5歳で体操を始める。 5年生で全国大会に出場。翌年、全国大会の鉄棒競技に於いて優勝を果たす。 体操クラブで体操を続け、中学3年時[いつ?]、全国大会で個人総合7位に入賞。 名門洛南高校に進学。3年時[いつ?]のインターハイで、団体総合準優勝、個人総合3位入賞。 同年、初めて国際大会[いつ?]にも出場。順天堂大学に進学。 大学3年時に膝の半月板を損傷し、手術をする。
中野 大輔(なかの だいすけ, 1982年10月10日 - … 中野 大輔(なかの だいすけ, 1982年10月10日 - )は元体操競技選手。 6歳から体操を始める。幼年期にバレエの基礎を習得。体操のしなやかな演技に反映されている。 九州共立大学在学中、2003年(平成15年)のユニバーシアード大会で初代表入り。翌2004年(平成16年)アテネオリンピックでは唯一の大学生として代表に選出される。中野は最終選考のNHK杯において得点では佐野友治に次ぐ7位であったが、種目別のポイント集計(ゆか・跳馬を重視)で佐野を上回り、レギュラーとなる。アテネオリンピックでは、団体総合で優勝した。 2005年(平成17年)4月、福岡教育大学大学院に入学。同年末に、右手首を手術して以降は低迷が続く。
芳村 裕生(よしむら ゆうき、1981年(昭和56年)8月9… 芳村 裕生(よしむら ゆうき、1981年(昭和56年)8月9日 -)は、日本の体操選手。 鳥取県出身。米子市立福生中学校を経て、洛南高等学校を卒業し、日本大学に入学。同大大学院に進み、コナミスポーツに入社する。2006年アジア大会では男子団体総合で銀メダルを獲得した日本チームの一員だった。
冨田 洋之(とみた ひろゆき、1980年11月21日 - )… 冨田 洋之(とみた ひろゆき、1980年11月21日 - )は、元体操選手。順天堂大学スポーツ健康科学部スポーツ科学科准教授。日本オリンピック委員会専任コーチ。 1980年11月21日、大阪府大阪市に生まれる。 マック体操クラブにて、8歳から体操を始める。なお同い年の鹿島丈博も同クラブに所属しており、中学校は大阪市立城陽中学校に進学した、高校時代を除き引退までの長い間、冨田とチームを共にすることとなる。12歳頃から、オリンピックを意識するようになった。 2004年8月、アテネオリンピックでは日本チームのエースとして出場。金メダルのかかった最終種目鉄棒の最終試技者として、スーパーE難度のコールマンを成功。
原田 睦巳(はらだ むつみ、1975年(昭和50年)9月24… 原田 睦巳(はらだ むつみ、1975年(昭和50年)9月24日 - )は、日本の元体操選手。京都府出身。 2000年(平成12年)順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科コーチング科学領域を修了し、セントラルスポーツ株式会社、スタンフォード大学体操競技部のアシスタントコーチを経て、2007年(平成19年)順天堂大学スポーツ健康科学部助教、2018年(平成30年)同校教授。 兄の影響で体操を始め、体操の強豪の洛南高校に進学。1993年に高校総体の個人総合・あん馬・跳馬で優勝。 体操が強い関東の大学への進学を考え、日本体育大学、筑波大学、順天堂大学の3校で悩んだが、当時インカレで万年4位、メダルにあと少しという状態の順天堂に「自分が入って核になれたら」という思いもあり順天堂大学に進学。