スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
尾縣 貢(おがた みつぎ、1959年6月29日 - )は、日… 尾縣 貢(おがた みつぎ、1959年6月29日 - )は、日本の陸上競技解説者・陸上競技選手・体育学者。元十種競技日本王者。博士(体育科学)(筑波大学)。日本陸上競技連盟会長。筑波大学大学院人間総合科学研究科教授。 兵庫県加東郡滝野町(現在の加東市)出身。兵庫県立小野高等学校、筑波大学卒業。 小野高校時代、全国高等学校総合体育大会陸上競技大会の110mHに出場。全国制覇を成し遂げた。筑波大学時代は、十種競技の日本のトップ選手として名をはせた。小野高時代の1977年にアメリカ・ロサンゼルスで開催された日米ジュニア陸上大会で記録した110mHの14.1秒と、筑波大時代の1982年に筑波大で開催された混成記録会での十種競技7255点は、2021年現在も兵庫県民男子最高記録の地位を維持し続けている。
松尾 清一 (まつお せいいち、1950年12月20日 - … 松尾 清一 (まつお せいいち、1950年12月20日 - ) は、日本の医学者。 1976年名古屋大学医学部卒業、1981年医学博士。 1982年ニューヨーク州立大学研究員、1984年労働福祉事業団中部労災病院内科医長、1985年内科副部長・人工腎室長。 1986年名古屋大学医学部助手、医学部附属病院助手、1997年講師、2002年大学院医学研究科教授、2004年医学部附属病院副院長、2007年医学部附属病院院長、2009年副総長、2010年予防早期医療創成センター長、2012年産学官連携推進本部長、2014年学術研究・産学官連携推進本部長、2015年総長。 2018年総合科学技術・イノベーション会議議員 (非常勤) 。
東後 勝明(とうご かつあき、1938年〈昭和13年〉11月… 東後 勝明(とうご かつあき、1938年〈昭和13年〉11月16日 - 2019年〈平成31年〉8月14日)は、英語教育者、早稲田大学名誉教授。 兵庫県神戸市生まれ。空襲で兵庫県小野市(当時小野町)に疎開。兵庫県立小野高等学校を経て早稲田大学教育学部英語英文学科卒業、同大学専攻科修了。ロンドン大学大学院教育研究科修士課程修了、博士課程修了。早稲田大学教授、2008年定年退職、名誉教授。東京YMCAインターナショナルスクール校長。1972年から1985年9月までの長きに渡りNHKラジオ「英語会話」の講師を務めた。1995年キリスト教に入信。英語学・英語教育に関する著書多数。英語音声学、英語教育学専攻。
吉村 寿人(よしむら ひさと、1907年2月9日 - 199… 吉村 寿人(よしむら ひさと、1907年2月9日 - 1990年11月29日)は、日本の医学者、生理学者。ヒトの環境適応に関する研究と蛋白栄養に関する研究をした。日本生気象学会会長、日本栄養食糧学会会長等歴任。 京都大学の正路倫之助(兵庫県立医科大学、後の神戸医科大学初代学長)の元で学生時代を送り、卒業後引き続き助手、講師を務める。その後、正路に命じられて満洲の731部隊に赴任し、通称「吉村班」で凍傷を防ぐための研究に従事した(昭和13年から)(吉村を含め京都大学から8名の若手教官が派遣された)。軍での身分は陸軍技師。 戦後京都大学に戻った後、正路倫之助が学長になった兵庫県立医科大学(現在の神戸大学医学部)に移動して研究を続け、その後京都府立医科大学の教授となり、同大学の学長を務めた。
美濃部 達吉(みのべ たつきち、1873年〈明治6年〉5月7… 美濃部 達吉(みのべ たつきち、1873年〈明治6年〉5月7日 - 1948年〈昭和23年〉5月23日)は、日本の法学者、憲法学者、政治家。東京帝国大学名誉教授。天皇機関説を主張し、大正デモクラシーにおける代表的理論家として知られる。昭和期には天皇機関説事件により、貴族院議員を辞職した。第二次世界大戦後の1948年(昭和23年)には勲一等旭日大綬章を受章。一木喜徳郎門下。弟子に清宮四郎、宮沢俊義、柳瀬良幹、田中二郎、鵜飼信成、田上穣治など。 1873年(明治6年)5月7日、兵庫県加古郡高砂町(現・高砂市)の漢方医・美濃部秀芳(美濃部秀軒の子。)の次男として生まれた。高砂小学校、小野中学校(現:兵庫県立小野高校)、第一高等中学校を経て、1894年(明治27年)、帝国大学法科大学政治学科(現・東京大学法学部)に進み、天皇機関説を主唱した一木喜徳郎に師事する。