スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
荒井 祭里(あらい まつり、2001年1月18日 - )は、… 荒井 祭里(あらい まつり、2001年1月18日 - )は、日本の元飛込競技選手。兵庫県伊丹市出身。身長150 cm、体重39 kg。出身校は荻野小学校 荒牧中学校 甲子園学院高等学校卒業。武庫川女子大学在学中。 三人姉妹の次女として生まれる。小学1年生から飛び込みを始める。JSS宝塚スイミングスクールで先輩の寺内健や馬淵優佳、板橋美波らとともに練習を重ねる。 高校時代は高校総体で高飛び込みを3連覇。日本選手権では2015年と2016年の10mシンクロ高飛込で佐々木那奈と組んで優勝し、2017年と2018年は10m高飛び込みで2年連続で優勝を果たした。 2018年ジャカルタアジア大会では、10m高飛び込みで5位、板橋と組んだシンクロ高飛び込みで4位に入った。
板橋 美波(いたはし みなみ、2000年1月28日 - )は… 板橋 美波(いたはし みなみ、2000年1月28日 - )は、日本の飛込競技選手。兵庫県宝塚市出身。身長151cm、体重49kg。甲子園学院高等学校卒業。甲子園大学卒業。 柔道選手だった両親の間に生まれ、小学1年生から競泳を始める。小学3年生のときに飛び込みに転向。寺内健のコーチを務めた馬淵崇英の指導を受けるようになり2014年の日本選手権で14歳の最年少で優勝する。 2014年仁川アジア大会では、3m板飛び込みで7位、高飛び込みで5位に入った。 2015年カザン世界選手権では予選で前宙返り4回半抱え型(109C)を成功させ6位通過をしたが、準決勝では失敗し16位で敗退した。 2016年2月のFINA飛込ワールドカップでは10m高飛び込みで9位になり、リオデジャネイロオリンピックの出場枠を獲得し初めての五輪代表に決まった。
馬淵 優佳(まぶち ゆか、1995年2月5日 - )は、日本… 馬淵 優佳(まぶち ゆか、1995年2月5日 - )は、日本の飛込競技選手(栃木ダイビングクラブ所属)、スポーツコメンテーター。立命館大学スポーツ健康科学部卒業。株式会社IMO所属。 兵庫県宝塚市出身。父は中国出身の飛込競技指導者の馬淵崇英。 3歳で水泳を、6歳で飛込競技を始めた。甲子園学院高等学校を経て、立命館大学スポーツ健康科学部スポーツ健康科学科を卒業。 2008年、日本選手権において辰巳楓佳とのシンクロで高飛び込みと3メートル板飛び込みで2冠。 2009年、日本選手権の3メートル板飛び込みで2位、東アジア大会(香港)では同種目で銅メダルを獲得。 2011年世界選手権に3メートル板飛び込みで出場したが、33位で予選で敗退した。
浅田 梨紗(あさだ りさ、1991年12月27日 - )は、… 浅田 梨紗(あさだ りさ、1991年12月27日 - )は、日本の飛込競技選手である。兵庫県川西市出身。JSS宝塚スイミングスクール所属。甲子園学院高等学校、立命館大学卒業。 小学3年生のときに飛込競技を始め、寺内健のコーチである中国出身の馬淵崇英コーチの指導を受け急成長。2005年川西市立清和台中学校2年のとき、モントリオール世界水泳選手権に13歳の最年少で代表になり、女子高飛び込みで日本人最高に並ぶ6位に入賞し天才少女といわれた。 2006年の日本選手権女子高飛び込みにこの種目の第一人者である中川真依(当時金沢学院大学)の大会3連覇を阻止し、初優勝。中学生での優勝は馬淵よしの以来26年ぶりの快挙であった。
桜 稲垣早希(さくら いながきさき、1983年12月27日 … 桜 稲垣早希(さくら いながきさき、1983年12月27日 - )は、日本のお笑いタレント、ものまねタレント、グラビアモデル、YouTuber。吉本興業東京本部所属。兵庫県神戸市東灘区出身。本名は稲垣 早希(いながき さき)。 神戸市立福池小学校、神戸市立魚崎中学校、私立甲子園学院高等学校卒業。高校1年生から芸能事務所に所属し、女優を目指してエキストラやリポーターなどのタレント活動をしていた。 2005年、NSC大阪校女性タレントコースに1期生として入学。大阪NSC28期と同期扱い。 在学途中でお笑いタレントに方向転換することになり、2007年途中に同期生の増田倫子とお笑いコンビ『桜』を結成。また同年度、大阪三大夏祭りの一つ『愛染まつり』で愛染娘に選ばれている。
石川 幸子(いしかわ さちこ、1978年8月18日 - )は… 石川 幸子(いしかわ さちこ、1978年8月18日 - )は、愛媛県四国中央市出身の元バスケットボール選手である。ポジションはフォワード。178cm。「花の78年組」の一人。脱毛症により一時期スキンヘッドとなっていた。 新居浜商業高から指導していたコーチの転勤に伴って甲子園学院高に編入学。3年次のウィンターカップでは準優勝した。卒業後、1997年にシャンソン化粧品に入社。2003年に先発に定着した。 2004-05シーズンの5年ぶりとなるシャンソン優勝の原動力となる。 2005-06シーズンよりチームのキャプテンに就任し、レギュラーシーズン・プレーオフ全試合出場で連覇に貢献した。 2005年にはアジア選手権の日本代表にも選出されている。
榊原 紀子(さかきばら のりこ、1978年8月4日 - )は… 榊原 紀子(さかきばら のりこ、1978年8月4日 - )は、兵庫県出身の元バスケットボール選手である。ニックネームは「キコ」「キング」。ポジションはフォワード。175cm。父は元プロ野球選手の榊原良行。「花の78年組」の一人。
慶山 真弓(よしやま まゆみ、1976年7月4日 - )は、… 慶山 真弓(よしやま まゆみ、1976年7月4日 - )は、兵庫県出身の女子バスケットボール選手。身長183cm。ポジションはセンター。2009年に引退。現在はパーソナルトレーニングジムを運営している。 甲子園学院高校から、シャンソン化粧品に入社。バスケット部に入部し、主力として活躍。シャンソン黄金時代を支えた。 また、全日本にも選ばれ、1998年の世界選手権及びアジア大会に出場し、アジア大会では金メダルを獲得した。 2003年、WIリーグのアイシン・エィ・ダブリュのアイシン ウィングスに移籍。2006年にはWリーグ昇格に導いた。 2009年に引退しその後、人材育成部に所属し、新入社員教育やリーダーシップ教育など担当。
久保田 久美(くぼた くみ、現姓:渡邊、1961年10月30… 久保田 久美(くぼた くみ、現姓:渡邊、1961年10月30日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。 和歌山県出身。大阪府枚方市立津田中から甲子園学院高校に進学し、全国高校総体で準優勝した。その後、日本リーグのシャンソン化粧品に所属し、1985-86シーズンに日本リーグMVPを獲得している。全日本にも選ばれ、1983年世界選手権に出場した。主将も務めている。引退後は元熊谷組の渡邊英幸と結婚。1男1女の母親となり、娘の渡邊夕貴はWリーグのアイシン・エィ・ダブリュに所属した元バスケットボール選手、息子の渡邊雄太はNBAで6シーズンプレーしたプロバスケットボール選手。
大山 春美(おおやま はるみ、1959年2月26日 - 20… 大山 春美(おおやま はるみ、1959年2月26日 - 2018年9月)は、日本の元バスケットボール選手。ポジションはフォワード。身長172cm。 尼崎市立小田南中学校入学時よりバスケットボールを始め、甲子園学院高校の時には1年生からレギュラーとして総体などで活躍した。 1977年シャンソン化粧品に入社。中川文一監督(当時)の元で1年目は出場機会に恵まれたが、その後膝の負傷などで手術を受け約1年半リハビリを続け、1979年に復帰。 1983年、キャプテンとして臨んだ第16回日本リーグでシャンソンの初優勝に貢献しMVPも受賞。その後左足の靭帯断裂に見舞われたがそのシーズンは最後まで出場し続け、オールジャパンと日本リーグの二冠を達成した1984年に引退した。