阿藤 伯海(あとう はくみ、1894年(明治27年)2月17… 阿藤 伯海(あとう はくみ、1894年(明治27年)2月17日 - 1965年(昭和40年)4月4日)は、日本の中国文学者、漢詩人。本名は簡。 1894年(明治27年)2月17日、岡山県浅口郡六条院村相部(現・浅口市鴨方町六条院東)の大地主の家に生まれる。旧制矢掛中学校(現・岡山県立矢掛高等学校)、第一高等学校、級友の難波準平と共に東京帝国大学に進む。多くの人は仏蘭西文学を専攻すると思っていたが、西洋哲学に進んだ。1924年(大正13年)東京帝国大学を卒業し、倉石武四郎同様に京都帝国大学大学院に入学する。藤代禎輔、朝永三十郎両教授の指導を受けるが、漢学に傾倒して狩野直喜に師事、鈴木虎雄、上田敏にも私淑した。
