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福井 保夫(ふくい やすお、1952年11月12日 - )は… 福井 保夫(ふくい やすお、1952年11月12日 - )は、岡山県出身の元プロ野球選手。ポジションは投手。 津山商業高校では、エースとして1969年秋季中国大会県予選で準決勝に進むが興譲館高に敗退。翌1970年春季中国大会県予選でも準決勝に進出するが、岡義朗、守岡茂樹のいた岡山東商に惜敗した。卒業後は松下電器に入社。しかしエース福間納に加え、1973年には山口高志、長谷部優が入社。あまり活躍の機会はなかった。 1974年のドラフト会議で近鉄バファローズに1位指名され入団。この年のドラフトでは同僚である山口高志の去就が注目され、ドラフトで最初に指名権を得ていたバファローズが当然山口を1位指名するものとみられていた。
中室 幹雄(なかむろ みきお、1950年1月10日 - )は… 中室 幹雄(なかむろ みきお、1950年1月10日 - )は、岡山県出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。 津山商業高校では、1966年秋季中国大会で準決勝に進出。尾道商のエース大田垣耕造に抑えられ惜敗するが、翌1967年春の選抜出場を決める。しかしその後の学内不祥事で出場辞退。同年夏は東中国大会準決勝で米子工に敗退。同年ドラフト13位で巨人に入団。担当スカウトは木戸美摸。 俊足、巧打、長打力のある外野手として期待されたが、選手層の厚い中、二軍でもほとんど出場機会がなく、1969年限りで現役引退。 退団後は電気店の経営者養成専門学校に入学。その後家業の家庭電気店を継ぐ。
西山 敏明(にしやま としあき、1947年5月22日 - )… 西山 敏明(にしやま としあき、1947年5月22日 - )は、岡山県出身の元プロ野球選手(外野手)。 津山商業高では1965年夏の甲子園県予選準決勝に進出するが、森安敏明を擁する関西高に延長で敗れる。 同年のプロ野球ドラフト会議で読売ジャイアンツから7位指名を受けるも、入団を拒否し駒澤大学へ進学。 駒澤大学在学中の1967年にドラフト外で広島東洋カープへの入団が決まり、大学を中退する。 1969年にジュニアオールスターに出場するも、一軍では出場機会が少ないまま1971年に現役を引退した。