スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
山西 博文(やまにし ひろふみ、1963年6月22日 - )… 山西 博文(やまにし ひろふみ、1963年6月22日 - )は、広島県出身の元サッカー選手(DF)、元サッカー審判員。現在はJリーグのサンフレッチェ広島職員。 広島市立舟入高等学校、東京農業大学卒業。高校・大学の1年先輩に石井知幸がいる。 卒業後マツダに入社、マツダSC(現サンフレッチェ広島)に在籍。ディフェンダーとして松田浩や信藤克義)らとともにDFラインを形成し、高橋真一郎、風間八宏、森保一、織田秀和、前川和也らとプレーした。 Jリーグ発足後はプロ契約を結ばず、サンフレッチェ広島強化部の職員としてユース年代の指導に当たりつつ、審判員として活動する。1997年に1級審判員登録。以後、J1を中心とした国内試合の主審として笛を吹く。
石井 知幸(いしい ともゆき、1963年2月28日 - )は… 石井 知幸(いしい ともゆき、1963年2月28日 - )は広島県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはDF。 1981年に日本ユース代表としてAFCユース選手権出場。1985年にユニバーシアード代表として神戸大会出場の経験を持つ。 大学卒業後にヤマハ発動機サッカー部(現、ジュビロ磐田)に入部し、主にサイドバックとして活躍した。 引退後は主にジュビロ磐田の下部組織の指導に携わっていたが、2007年と2008年はアルビレックス新潟のヘッドコーチを務めた。2009年からはジュビロ磐田に復帰している。ジュビロ磐田のスカウト時代には福西崇史らを獲得している。
今西 和男(いまにし かずお、1941年1月12日 - 20… 今西 和男(いまにし かずお、1941年1月12日 - 2026年4月16日)は、広島県広島市中区東平塚出身の教育者、元サッカー選手、サッカー指導者(JFA 公認S級コーチ)。現役時代のポジションはDF。 日本におけるゼネラルマネージャーの地位を確立させた人物。サッカー界では日本の元祖ゼネラルマネージャーとも称される。 マツダ/サンフレッチェ広島F.Cでのチーム作りに辣腕を振り、大分トリニータや愛媛FC・FC岐阜がJリーグ入りを目指していたころにアドバイザーとして参加もしている。 育成に実績があり、森保一・久保竜彦らの無名選手を発掘し、小林伸二や松田浩らの指導者を育成した。今西が整備したサンフレッチェ広島アカデミーは、2012年現在日本有数の育成組織の評価を受けている。
野村 六彦(のむら むつひこ、1940年2月10日 - )は… 野村 六彦(のむら むつひこ、1940年2月10日 - )は、広島県広島市出身の元日本代表サッカー選手。元日立(現柏レイソル)所属。日本サッカーリーグ(JSL)初代得点王。ポジションはFW又はMF。 実家は老舗の文具店。広島市立袋町小学校を経て、広島市立国泰寺中学校へ進む。小学校6年までは野球をやっていたが、周りから、せっかくサッカーの名門国泰寺に入ったんだから男らしいサッカーをやろうと誘われ、サッカー部に入部。一年生は30数人いたが、基礎練習の反復が面白くなく3日で8人に減った。野村もその1人だったが、負けたようで悔しく再入部する。宮本輝紀、今西和男らも同中学出身。卒業後は、当時"広島三強"といわれた国泰寺高、広大附属、修道に負けないサッカー部をと強化していた広島舟入高校の校長に誘われ同校に進学。