スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
藤田 恭嗣(ふじた やすし、1973年〈昭和48年〉 - )… 藤田 恭嗣(ふじた やすし、1973年〈昭和48年〉 - )は、日本の実業家。株式会社メディアドゥ代表取締役社長、株式会社メディアドゥテック徳島代表取締役社長、株式会社FIBC代表取締役社長、KITO DESIGN HOLDINGS株式会社代表取締役、株式会社黄金の村代表取締役、KITO YUZU株式会社代表取締役。 徳島県木頭村生まれ。徳島県立富岡西高等学校を経て、1994年、名城大学法学部3年時に携帯電話販売業で創業。1996年、大学卒業と同時に有限会社フジテクノ(メディアドゥの前身)を設立。1999年4月携帯電話を販売する店舗展開及びインターネットサービス事業を目的として株式会社メディアドゥを設立し代表取締役社長に就任。
村口 和孝(むらぐち かずたか、1958年 - )は、日本の… 村口 和孝(むらぐち かずたか、1958年 - )は、日本の実業家。個人型ベンチャーキャピタルの日本テクノロジーベンチャーパートナーズ(NTVP)代表。慶應義塾大学大学院経営管理研究科(慶應ビジネススクール:KBS)非常勤講師。「ふるさと納税」制度の提唱者(2006年3月日本経済新聞紙上のコラムで提唱)としても知られる。 徳島県海部郡海南町(現:海陽町)出身。海南町立海南中学校、徳島県立富岡西高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。 1984年に慶應義塾大学(高橋潤二郎ゼミ)を卒業し、同年に野村證券系VCジャフコ入社。投資活動を行い、アインファーマシーズ、ジャパンケアサービス、共成レンテム、福原、松本建工、PALTEK、ブロッコリー (企業)などの上場に貢献した。
小川 信雄(おがわ のぶお、1912年(明治45年)7月9日… 小川 信雄(おがわ のぶお、1912年(明治45年)7月9日 - 2002年(平成14年)9月6日)は、日本のエンジニア・実業家。日亜化学工業創業者、元社長、元会長。同社を世界有数の蛍光灯用・ブラウン管テレビ用蛍光体メーカーに育て上げ、中村修二の青色発光ダイオード開発も決定、支援した。阿南市名誉市民。子供は男女各2人の4人。現・日亜化学工業会長の小川英治は長女の婿養子。 1912年(明治45年)7月9日、徳島県那賀郡長生村(現・阿南市長生町)において、久積鶴吉・ソノ夫妻の末子として誕生。高等小学校卒業後の1927年(昭和2年)、県立富岡中学校(現・富岡西高校)に入学。同級生に後藤田正晴が居て、柔道部で小川と後藤田は互いを認める間柄となった。