スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
宇高 菜絵(うだか なえ、1985年3月6日 - )は、愛媛… 宇高 菜絵(うだか なえ、1985年3月6日 - )は、愛媛県西条市出身の、日本人の女子柔道選手である。愛媛県立宇和島東高等学校から愛媛女子短期大学に進み、さらに帝京大学に編入して同校卒業。階級は57キロ級。身長161cm。得意技は大外刈。組み手は右組み。段位は参段。血液型はA型。コマツ女子柔道部から、現在はブイテクノロジーに所属している 。 6歳の時に柔道を始める。愛媛女子短大2年の時福岡国際女子柔道選手権大会 で優勝を果たした。その後も、国内外で一定の活躍をしていたものの代表には至らなかったが、2010年の体重別において、昨年の講道館杯に引き続いて松本薫に一本勝ちを果たして、ついに代表の座を勝ち取った。
宮本 樹理(みやもと じゅり、1983年5月30日 - )は… 宮本 樹理(みやもと じゅり、1983年5月30日 - )は、愛媛県北宇和郡吉田町出身の日本の柔道家。階級は57kg級。身長160cm。得意技は内股、大腰。現姓は小國。 3歳の時に水泳とピアノを習い出すと、小学校1年生からはダンスも始めた。また、母親の兄たちは地元で知られた柔道兄弟だけあって、柔道も盛んに勧められたものの、あまり良いイメージを持っていなかったので拒んでいた。しかし、小学校4年生の時に立ち寄ったうどん屋の「国安」でテレビを見ていたら、「愛媛のYAWARAちゃん」として取り上げられていた小学校6年生の風戸晴子が男子をバンバン投げている姿を見てかっこよく思えたこともあり、これをきっかけとして地元の吉田柔道会で柔道を始めることになった。
佐野 明日香(さの あすか、1982年5月27日 -)は、愛… 佐野 明日香(さの あすか、1982年5月27日 -)は、愛媛県宇和島市出身の日本の柔道及びレスリング選手。階級は70kg級(柔道)と72kg級(レスリング)。身長168cm。 小学校1年の時に柔道を始めた。中学の時には四国大会で優勝を飾った。宇和島東高校に進学すると、2年の時に全国高校選手権70kg級でベスト16、3年の時には全国女子体重別で9位となった。なお、高校の1年先輩には2002年の選抜体重別で優勝した風戸晴子、1年後輩には2005年世界選手権57kg級代表の宮本樹理、2年後輩には2014年世界選手権57kg級で優勝した宇高菜絵がいた。大学は風戸のいる帝京大学に進むと、1年の時に全日本ジュニアで3位になった。
風戸 晴子(かざと はるこ、1981年6月5日 -)は愛媛県… 風戸 晴子(かざと はるこ、1981年6月5日 -)は愛媛県宇和島市出身の日本の柔道家。現役時代は70kg級の選手。身長165cm。得意技は内股。 柔道は7歳の時に始めた。小学校6年生の時には「愛媛のYAWARAちゃん」としてテレビに取り上げられたこともあった。城北中学3年の時には全国中学校柔道大会56kg超級決勝で淑徳中学2年の岩田千絵に敗れた。宇和島東高校1年の時に全国高校選手権70kg級で2位になると、3年の時には全日本ジュニアで優勝を飾った。2000年に帝京大学へ進学すると、1年の時には全国女子体重別でコマツの天尾美貴を破って優勝を果たした。アジアジュニアでも優勝した。福岡国際では3位だったが、オーストリア国際では優勝を飾った。
廣瀬 悠(ひろせ はるか、1979年7月17日 - )は、愛… 廣瀬 悠(ひろせ はるか、1979年7月17日 - )は、愛媛県松山市出身の日本の柔道家。視覚障害者柔道90kg級及び100kg級の選手。身長173cm。 柔道は小学校2年の時に友達に誘われて始めた。宇和島東高校時代にはインターハイにも出場を果たした。しかし緑内障を患ったことにより、高校を卒業すると柔道から離れた。乳製品工場に就職するもその後退職すると、2004年には鍼灸師の資格を得るために愛媛県立松山盲学校へ入学した。その時の担任だったシドニーパラリンピックの陸上競技男子400メートルリレー2位の矢野繁樹に、「廣瀬君のレベルだったらパラリンピックに出られるよ」とアドバイスを受けたことや、親の熱意などもあって視覚障害者柔道で復帰することになった。
広瀬 悠(ひろせ はるか、1979年7月17日 - )は愛媛… 広瀬 悠(ひろせ はるか、1979年7月17日 - )は愛媛県松山市出身の日本の柔道家。視覚障害者柔道90kg級及び100kg級の選手。身長173cm。