スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
有馬 惠叶(ありま けいと、2006年9月20日 - )は、… 有馬 惠叶(ありま けいと、2006年9月20日 - )は、愛媛県宇和島市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 小学校1年時に野球を始め、当初は主に外野手のポジションを務めた。 聖カタリナ学園高等学校へ進学した後は、入部後1か月のタイミングで発生した部内不祥事の影響で練習ができない時期が続き、この間に山本由伸を参考にしたフォームを構築した。3年時夏の愛媛県大会2回戦における今治西高戦で公式戦初登板を果たし、9回1失点の好投でチームのサヨナラ勝ちを呼び込み、夏の甲子園初出場のきっかけを作った。甲子園では初戦の岡山学芸館高戦にて7回2/3を1失点(自責点0)に抑え、自己最速を更新する146km/hを記録するなど好投を見せるも、打線が振るわず敗退した。
河内 康介(かわち こうすけ、2005年4月16日 - )は… 河内 康介(かわち こうすけ、2005年4月16日 - )は、大阪府高槻市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 中学時代は硬式野球のクラブチームであるニュー・ヤンキースでプレーしていた。 聖カタリナ学園高等学校に進学し、1年秋からベンチ入り。2年夏、秋は部内で起きた不祥事により公式戦に出場できなかった。この時点での最速は141km/hで、高校卒業後は大学へ進学する予定だったが、3年春にコーチからロスなくボールに力を伝える体の使い方を学び急成長。同年夏の愛媛大会では帝京第五との3回戦で150km/hを計測した。同大会ではベスト4に進出したが、川之江との準決勝では自身の登板がないまま敗れた。
櫻井 頼之介(さくらい よりのすけ、2003年7月21日 -… 櫻井 頼之介(さくらい よりのすけ、2003年7月21日 - )は、兵庫県尼崎市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 尼崎市立難波小学校1年の時から軟式の野球を始め、尼崎市立中央中学校では尼崎ボーイズに所属。中学時代までは遊撃手として起用されていた。中学の同級生に元AKB48の福留光帆がいる。 聖カタリナ学園高等学校では3年春の第93回選抜高等学校野球大会にエースとして出場。東海大菅生との初戦に先発して8回4失点と粘投したが、試合は敗れた。 高校卒業後は東北福祉大学へ進学。エースとして活躍し、3年春、秋のリーグ戦で敢闘賞、4年春のリーグ戦でMVPを受賞した。第74回全日本大学野球選手権大会では2勝を記録して優勝に貢献し、最優秀投手に輝いた。
池松 美波(いけまつ みなみ、2001年12月19日 - )… 池松 美波(いけまつ みなみ、2001年12月19日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。 二島中で全中ベスト4、聖カタリナ学園高校でウィンターカップベスト8を経験し、U-16アジアカップの日本代表にも選出。 東京医療保健大進学後はインカレ優勝を経験し、ワールドユニバーシティゲームズ日本代表として銀メダル獲得。 2023年12月、三菱電機コアラーズにアーリーエントリー登録。 2025年、三菱電機を退団。
森 美月(もり みつき、2001年7月21日 - )は、日本… 森 美月(もり みつき、2001年7月21日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。Wリーグのシャンソン化粧品シャンソンVマジック所属。 聖カタリナ学園高校でインターハイベスト8、愛知学泉大学ではインカレ3位。 2023年12月、シャンソンVマジックにアーリーエントリー登録。
三原 秀真(みはら しゅうま、2001年7月16日 - )は… 三原 秀真(みはら しゅうま、2001年7月16日 - )は、愛媛県出身のプロサッカー選手。JFL・アスルクラロ沼津所属。ポジションはディフェンダー。 愛媛FCのアカデミー出身。2019年9月、2020年シーズンからのトップチーム昇格内定、および2種登録選手でのメンバー登録が発表された。 2020年2月23日、シーズン開幕戦の松本山雅FC戦で後半28分から途中出場してプロデビューを飾った。 2024年11月14日、愛媛FCから契約満了による退団が発表された。 2025年1月5日、アスルクラロ沼津へ完全移籍することが決まった。
鈴置 彩夏(すずおき さやか、2000年10月9日 - )は… 鈴置 彩夏(すずおき さやか、2000年10月9日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。WリーグのENEOSサンフラワーズ所属。 聖カタリナ学園高校から白鷗大学に進学。 卒業後の2023年、ENEOSサンフラワーズに加入。
梅木 千夏(うめき ちなつ、2000年8月12日 - )は、… 梅木 千夏(うめき ちなつ、2000年8月12日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。愛媛県松山市出身。Wリーグのデンソーアイリス所属。 聖カタリナ学園高校からアイシンAWに加入。 2021年、東京オリンピック3×3女子日本代表候補に選出される。 同年、トヨタ自動車に移籍。 2024年、デンソーに移籍。
江良 萌香(えら もえか、1998年6月30日 - )は、日… 江良 萌香(えら もえか、1998年6月30日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。Wリーグの富士通レッドウェーブ所属。 聖カタリナ学園高校でインターハイ・ウィンターカップ3位。 卒業後の2017年、アイシン・エィ・ダブリュ ウィングス(当時)に加入。同年のU19ワールドカップ日本代表にも選出され4位。 2022年、富士通レッドウェーブに移籍。移籍直後はスターターとして活躍したものの、2024-25シーズンは先発出場の機会に恵まれず1試合平均3.5得点にとどまった。 2025年オフ、現役引退。
軸丸 ひかる(じくまる ひかる、1997年11月26日 - … 軸丸 ひかる(じくまる ひかる、1997年11月26日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。ニックネームは「マル」。 愛媛県四国中央市生まれ。 地元の公立小学校、中学校を経て、聖カタリナ女子高等学校へ進学。2年次からレギュラーの座を掴み、2014年度のインターハイ、ウインターカップでともに3位となる。自身がキャプテンを務めた3年次はインターハイベスト8、ウインターカップ4位および個人としてベスト5に選出された。 白鷗大学へ進学。インカレでは1年次に優勝を果たすも自身は怪我で欠場。4年次には準優勝および個人として優秀選手賞を受賞。また、ナポリで開催されたユニバーシアードに日本代表として出場し、4位となった。
曽我部 奈央(そがべ なお、1996年10月14日 - )は… 曽我部 奈央(そがべ なお、1996年10月14日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。愛媛県出身。ポジションはG。バスケットボール女子日本リーグの日立ハイテク クーガーズに所属していた。 聖カタリナ学園高校在学中、U18アジアカップ日本代表に選出される。 卒業後、富士通に入社。 2019年オフ、日立ハイテククーガーズ移籍。 2020年オフ、日立ハイテククーガーズのホームページで現役引退を発表した。
篠原 華実(しのはら はなみ、1996年8月9日 - )は、… 篠原 華実(しのはら はなみ、1996年8月9日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはガードフォワード。Wリーグのデンソーアイリス所属。愛媛県出身。 聖カタリナ学園高校3年次にU18日本代表主将を務めた。 2015年、デンソーアイリスに加入。
宮崎 早織(みやざき さおり、1995年8月27日 - )は… 宮崎 早織(みやざき さおり、1995年8月27日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ニックネームは「ユラ」。ポジションはガード。ENEOSサンフラワーズ所属。167cm、57kg。元新潟アルビレックスBBラビッツ所属で競艇選手の宮崎安奈は妹。兄はプロサッカー選手の宮崎泰右。 南古谷小学校から与野東中学校を経て、愛媛県の聖カタリナ女子高校に進み、2年時にインターハイ・ウィンターカップともに準優勝。3年時のウィンターカップでは3位になりベスト5に選ばれた。 また、世代別日本代表としてU-16アジア選手権優勝、U-17世界選手権4位、U-18アジア選手権準優勝と成績を残す。 2014年、JXサンフラワーズ(現ENEOS)に加入。
加藤 瑠倭(かとう るい、1995年7月13日 - )は、日… 加藤 瑠倭(かとう るい、1995年7月13日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはF。コートネームはユウ。172cm。 聖カタリナ学園高等学校2年次にインターハイ・ウィンターカップともに準優勝、ウィンターカップではベスト5に選ばれた。 2014年、デンソーアイリスに入団。 同年、負傷した池谷悠希に代わり、アジア大会の日本代表に選出され、銅メダル獲得。 2018年、アイシン ウィングスに移籍。
田村 未来(たむら みらい、1994年5月2日 - )は、日… 田村 未来(たむら みらい、1994年5月2日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。ニックネームはマナ。ポジションはガード。兵庫県出身。デンソーアイリスに所属していた。 姫路ミニでバスケを始め、琴陵中学校、聖カタリナ学園高校に進みインターハイ・ウィンターカップいずれも準優勝。 早稲田大学進学後にインカレ優勝。主将も務めた。 年代別日本代表としてU-18アジア選手権準優勝、U-19世界選手権8位を経験。 卒業後、デンソーに入社。 2017年、ユニバーシアード日本代表に選ばれ銀メダル獲得。
近平 奈緒子(ちかひら なおこ、1993年11月28日 - … 近平 奈緒子(ちかひら なおこ、1993年11月28日 - )は愛媛県松山市出身の元女子バスケットボール選手である。ポジションはセンター/フォワード。 愛南町立平城小でバスケットボールを始める。松山市立南第二中学校を経て聖カタリナ女子高校に進学し、在学中、年代別日本代表に選出されU-17世界選手権で5位、第1回3×3ユース世界選手権で3位となる。 2012年、シャンソンVマジックに入団。2017年、アイシン ウィングスに移籍。
苗田 未来(なえだ みく、1991年9月25日 - )は愛媛… 苗田 未来(なえだ みく、1991年9月25日 - )は愛媛県出身の元バスケットボール選手である。ニックネームは「ミク」。ポジションはガードフォワード。弟はバスケットボール選手の苗田剛汰。 松山市立伊台小学校でバスケを始め、松山市立旭中学校を経て、聖カタリナ女子高校に進み全国大会に出場。 高校卒業後、シャンソン化粧品に入社。2013年引退。
阿部 幸音(あべ ゆきね、1990年12月7日 - )は、香… 阿部 幸音(あべ ゆきね、1990年12月7日 - )は、香川県出身の元女子バスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。170cm。ニックネームは「ラミ」。 地元志度でバスケットボールを始め、志度中学を経て聖カタリナ女子高校に進学。同校では1年生のときから全国大会に出場。2年生のウィンターカップで準決勝まで進出し4位。3年生のときにはインターハイ、国民体育大会、ウィンターカップの3大会で準決勝まで進出。ウィンターカップの3位決定戦で大沼美咲擁する山形商業高校と当たるも敗れて4位に終わるが、大沼らとともにベスト5に選ばれる。一方で、女子U-18日本代表に選出され、U-18アジア選手権初優勝に貢献する。
入船 加澄実(いりふね かすみ、1988年3月18日 - )… 入船 加澄実(いりふね かすみ、1988年3月18日 - )は、日本の元グラビアアイドル、元タレントである。 愛媛県今治市出身。ミスマガジン2006メンバーの1人。
藤原 有沙(ふじわら ありさ、1987年9月25日 - )は… 藤原 有沙(ふじわら ありさ、1987年9月25日 - )は、愛媛県四国中央市出身の元バスケットボール選手である。ポジションはフォワード。175cm。ニックネームは「シェル」。 聖カタリナ女子高校では1年のインターハイから出場を果たし、2年のウィンターカップではベスト4に貢献する。 卒業後、デンソーに入社。この年にはヤングウーメン日本代表に選出される。2016年引退。
川井 梢(かわい こずえ、1984年9月21日 - )は、愛… 川井 梢(かわい こずえ、1984年9月21日 - )は、愛媛県出身の女子バスケットボール選手である。ポジションはガードフォワード。ニックネームは「ルル」。WリーグのシャンソンVマジックに所属していた。 聖カタリナ女子高校在学中全日本ジュニアに選出。 卒業後はシャンソンVマジックに入団。 1年目は控えながらファイナル進出を経験。 3年目はレギュラーシーズン14試合に出場し、優勝に貢献した。2011年、シャンソンを退団。
柳田 さやか(やなぎだ さやか、1980年8月21日 - )… 柳田 さやか(やなぎだ さやか、1980年8月21日 - )は、四国・関東で活動するフリーアナウンサー。愛媛県松山市出身。 聖カタリナ女子高等学校(現:聖カタリナ学園高等学校)、松山大学を卒業後2003年4月、RNB南海放送にアナウンサーとして入社。2009年3月退社。 2009年11月、エス・オー・プロモーションの新人オーディションに合格し同社に移籍。フリーとしてテレビ・ラジオ番組やイベントMCなどで活動。しかし、2012年4月30日の公式ブログで、東京でのフリーアナウンサーの活動を終了することを発表し、エス・オー・プロモーションを退社。 松山に帰郷後、古巣のRNBの中塚眞喜子アナウンサーの産休に伴い臨時要員として復帰。
門屋 加壽子(かどや かずこ、1953年10月7日 - )は… 門屋 加壽子(かどや かずこ、1953年10月7日 - )は、愛媛県松山市出身の元女子バスケットボール選手。現姓・大野。日本女子バスケ黄金時代に活躍した選手のひとり。 名門・聖カタリナ女子高校で夏の総体、国体ともにベスト8を経験。 卒業後、ユニチカ山崎に入社。常勝チームの一員として全日本選手権・日本リーグで多くのタイトルに貢献。主将も務めた。 全日本にも選ばれ、1974年アジア大会金メダル、1975年世界選手権準優勝と1976年モントリオール五輪を経験する。 五輪後のシーズンを最後に現役引退。アシスタントコーチに就任する。 1980年、ユニチカを退社。母校・聖カタリナ女子高校のアシスタントコーチに就任。
野本 梨佳 は、日本の元女子バレーボール選手である。