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渡邊 五郎(わたなべ ごろう、1934年5月14日 - 20… 渡邊 五郎(わたなべ ごろう、1934年5月14日 - 2021年2月16日)は、日本の実業家。三井物産代表取締役副社長、三井化学代表取締役会長を歴任した。 高知市立潮江小学校時代は、体も大きくガキ大将だった。1945年、小学5年生だった頃に、空襲によって自宅を焼失する。そこで、四万十町魚ノ川に疎開して山小屋を建て、5年間を過ごした。実家は貧困状態で、家に電気は引かれておらず、夜はたいまつとランプで過ごした。また、父の木材仲買業の収入が不安定だったため、自身も子供ながらに、高知の町まで米などを売りに出て家計を支えた。 中学3年生の3学期から、進学高校への進学を志して高知市に戻り、調理人をしていた兄の家の屋根裏部屋に住み、高知市立昭和中学校(現高知市立愛宕中学校)に通った。
白石 喜太郎(しらいし きたろう、1887年(明治20年)1… 白石 喜太郎(しらいし きたろう、1887年(明治20年)1月7日 - 1945年(昭和20年)7月28日)は、高知県出身の日本の実業家、計理士、渋沢栄一、敬三に仕え、渋沢同族株式会社の専務取締役になどを歴任した。 1887年(明治20年)、先代喜太郎と丑の長男として高知県安芸郡田野村(現・田野町)に生まれる。1896年(明治29年)先代喜太郎が病没、家督相続し又喜を改め襲名。1905年(明治38年)、高知県立中学海南学校を卒業後、官立東京高等商業学校(高等商業学校を改称、東京高商、現・一橋大学)に入学。渋沢事務所の八十島親徳に保証人を依頼。在学中は、休暇の前後に八十島を訪問し、種々教えを受ける。
久野 工(ひさの たくみ、1874年〈明治7年〉11月10日… 久野 工(ひさの たくみ、1874年〈明治7年〉11月10日 - 1960年〈昭和35年〉6月3日)は、日本の海軍軍人、実業家、政治家。神奈川県横須賀市長。海軍主計中将正四位勲二等。 旧土佐藩士・久野克記と母・亀の長男として高知県土佐郡久万村(初月村を経て現・高知市)に生まれ、1922年(大正11年)家督を相続する。1891年(明治24年)高知県尋常中学海南学校(現・高知県立高知小津高等学校)を経て、明治法律学校2年修了。 1896年(明治29年)海軍少主計候補生を命ぜられ、佐世保海兵団附、佐世保鎮守府監督部附を経て、1905年(明治38年)海軍主計少監に進む。ついで、英国出張(鹿島回航委員)に赴き、1910年(明治43年)造船造兵監督会計官に任官すると、英国へ再度赴任し、1912年(明治45年)帰朝する。