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山口 優衣(やまぐち ゆい、1995年4月13日 - )は、… 山口 優衣(やまぐち ゆい、1995年4月13日 - )は、佐賀県出身の元女子競輪選手。日本競輪選手会佐賀支部所属、ホームバンクは武雄競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第108期生。師匠は原司(70期)。 佐賀龍谷高校出身。中学生のとき家族とともに武雄競輪場で競輪観戦し、自転車に興味を持ち、またガールズケイリンの存在も知って競輪選手になることを志し、高校で自転車部に入部したという。 2013年12月20日、競輪学校第108回技能試験に合格。在校競走成績は14位(0勝)。 2015年7月6日、大垣競輪場でデビューし7着。初勝利は2016年3月14日の京王閣競輪場で挙げた。 2019年7月11日引退。
荒井 崇博(あらい たかひろ、1978年4月3日 - )は、… 荒井 崇博(あらい たかひろ、1978年4月3日 - )は、競輪選手。長崎県雲仙市出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第82期生。日本競輪選手会長崎支部所属(当初は佐賀支部所属)。師匠は原司(70期)。ホームバンクは佐世保競輪場。 佐賀龍谷高等学校在学中の1997年に国民体育大会で個人スプリント2位などの実績を挙げ、競輪学校に第82期生として入学すると、同期に兵藤一也らがいる中で61勝を挙げて在校成績2位となり、さらに卒業記念レースを制覇する。デビュー戦は1999年4月2日の佐世保競輪場で迎え、初勝利も同日。 2001年12月29日、競輪祭で行われてきた新人王戦に代わるデビュー3年未満の選手によるGIIタイトル戦、ヤンググランプリがこの年から開催されたが、最終バックストレッチから豪快に捲って初代優勝者に輝く。
佐々木 浩三(ささき こうぞう、1962年5月23日 - )… 佐々木 浩三(ささき こうぞう、1962年5月23日 - )は、元競輪選手。現役時代は日本競輪選手会佐賀支部所属、ホームバンクは武雄競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第50期生。師匠は次兄である佐々木昭彦(43期)。 父、母、長兄の和徳(51期)、次兄の昭彦も元競輪選手、和徳の息子・翔一(93期)は競輪選手、という競輪一家で育つ。 龍谷高等学校を経て、競輪学校に第50期生として入学。 競輪学校卒業後の1982年11月6日、久留米競輪場でデビューし、初勝利を挙げた。 1985年から特別競輪(現在のGI)に参加実績があり、過去に特別競輪で2回の決勝進出歴がある。 兄二人は先に引退したが、浩三自身は還暦を迎えてさらに現役を続けた。
小川 博美(おがわ ひろみ、1959年4月10日 - )は、… 小川 博美(おがわ ひろみ、1959年4月10日 - )は、日本競輪選手会福岡支部に所属していた元競輪選手。日本競輪学校第43期卒業。師匠は今村寛之(期前・引退)。愛称は「ドカ」。 息子の賢人も競輪選手(103期) 。 龍谷高等学校在学中はラグビー選手として、1976年の佐賀国体に出場し3位の成績を収める。その後日本競輪学校に第43期生として入学。同期は滝澤正光、佐々木昭彦、北村徹ら。 初出走は1979年4月7日のホームバンクである久留米競輪場。同年5月4日に防府競輪場で初勝利を挙げた。 1989年に花月園競輪場で行われた第42回日本選手権競輪では決勝戦に進出し6番車で出走。同期の滝澤と坂本勉の激しい主導権争いが演じられ、坂本がバックストレッチ過ぎあたりで滝澤を振り切って逃げの体勢に入ったところ、小川は中団位置あたりから一気にスパートして坂本を捲り、後続全員を振り切って最後は2着の工正信に4車身の差をつける圧勝劇を演じ優勝を果たした。