スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
津田 菜都美 (つだ なつみ、1993年10月8日 - )は… 津田 菜都美 (つだ なつみ、1993年10月8日 - )は、日本の女優、タレント、競輪イメージガール。所属事務所はアヴィラ。長崎県大村市出身。 ・純心女子高等学校卒業 ・高校卒業後地元長崎より上京 ・2014年から映画やドラマに出演 ・2017年「時時巡りエブリデイ」 2018年「棘の中にある奇跡 〜笠間の栗の木下家〜」 2022年「心の詩〜扉の向こうに〜」等に出演 ・2018年に京王閣競輪場マスコットガール「OVAL Angel」に就任。2022年卒業。その後京王閣競輪の公式配信番組に出演中。 ・2019年 第3回キネマ座映画祭にて主演の短編映画「秒速、一光年」がグランプリを受賞 ・2019年「陸海空 こんなところでヤバいバル陸海空 地球を征服するなんて ラブアース シーズン3」に出演 ・日米合作映画 『Ringo Juice 』にて主演に抜擢される。
出岐 奏(でき かなで、1986年4月11日 - )は、長崎… 出岐 奏(でき かなで、1986年4月11日 - )は、長崎県出身の元バスケットボール選手である。ニックネームは「メロ」。ポジションはガード。 西浦上小学校でバスケを始め、純心中学校・純心女子高等学校に進み、高校1年でインターハイ・ウィンターカップ、2年でインターハイに出場。 その後は鹿屋体育大学に進み、1年でインカレ準優勝に貢献。2007年ユニバーシアードにも出場。4年で主将を務める。チャレンジ!おおいた国体には長崎県代表として高校の大先輩永田睦子らと出場し3位。 卒業後、日本航空に入社。 日本航空廃部にともない、チーム譲渡先である新潟アルビレックスBBラビッツに移籍。 2012-13シーズンベスト5に選出。
豊﨑 なつき(とよさき なつき、1986年1月29日 - )… 豊﨑 なつき(とよさき なつき、1986年1月29日 - )は、長崎放送 (NBC)のアナウンサー。 地元長崎県長崎市出身。純心中学校・純心女子高等学校、長崎大学経済学部卒業。2008年長崎放送入社。 NBCがアナウンサーを採用したのは5年先輩の友成由紀、早田紀子以来となった。同局における地上デジタル放送推進大使の仕事は長らくこの先輩2人が交代しながら続けてきたが、2010年秋、地元出身者としてアンカーバトンを受け取り、2011年7月24日のアナログ放送終了を迎えた。 2014年6月から産休をとり、2015年8月下旬より復帰。2019年2月から再び産休に入った。2020年3月下旬より復帰した。 ラジオ番組『想い出の花束』内で「仮面ライダーX」 のXをエックスと読むところをペケと読んでしまったことがある。
永田 睦子(ながた むつこ、1976年9月26日 - )は、… 永田 睦子(ながた むつこ、1976年9月26日 - )は、長崎県出身の元女子バスケットボール選手である。コートネームは「ミラ」。ポジションはセンターフォワード。178cm、73kg。リングにぶら下がれるほどの日本人女子としてはかなり高い運動能力を有していた。 純心高校ではこれまで長崎の高校女子バスケのトップに君臨していた鶴鳴(現・長崎女子)の前に立ちはだかり、全国大会出場に貢献した。 卒業後、シャンソン化粧品に入社。シャンソン黄金時代に貢献し、10連覇の後期の主力として活躍した。2005-2006年WリーグではMVPを獲得。2006-2007年シーズンを最後に引退。 全日本のメンバーとしてもアジア大会で金メダルを獲得し、アトランタ・アテネの五輪2大会出場を果たす。
内村周子(うちむら しゅうこ、1962年4月27日 - )は… 内村周子(うちむら しゅうこ、1962年4月27日 - )は、日本の体操競技選手、指導者。体操競技選手の内村航平は長男で、孫も2人いる。 長崎県出身。9歳からバレエ、14歳から体操を習い、純心女子高等学校で体操部に所属した。長崎県立女子短期大学体育科時代には、九州学生体操競技選手権大会で優勝する。卒業後、体操指導者の内村和久と結婚。諫早市の自宅に体操教室を開き、航平も3歳のときからこの教室で指導した。長女の内村春日も日本体育大学在学中の2011年に全日本学生体操競技選手会で個人総合優勝を達成し、「体操一家」とも呼ばれる。2014年の第69回国民体育大会では長崎県の体操成年女子チームの監督を務めた(和久は成年男子の監督)。
大島 ミチル(、1961年〈昭和36年〉3月16日 - )は… 大島 ミチル(、1961年〈昭和36年〉3月16日 - )は、日本の作曲家、編曲家。長崎県長崎市出身。所属事務所はロックリバー。 3人姉弟の次女として生まれる。父親は長崎放送の報道局職員だった。純心女子高校を経て、国立音楽大学作曲科卒業。16歳で出場した『インターナショナル・エレクトーン・フェスティバル』では、史上最年少でグランプリを受賞。国立音楽大学では和声学の権威の島岡譲教授に教わった。在学中に合唱交響曲『御誦(おらしょ)』を発表。 卒業後は、映画(『失楽園』、『長崎ぶらぶら節』、『陽はまた昇る』)、テレビ(『あすか』、『ショムニ』、『ごくせん』)など、幅広い分野で活躍。 テレビ・映画・アニメ・ゲーム・CMなどの映像音楽を多く手がける。