スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
大村 早和(おおむら さわ、2000年11月22日 - )は… 大村 早和(おおむら さわ、2000年11月22日 - )は、日本の女子バスケットボール選手である。ポジションはパワーフォワード。 長崎県出身。佐々町バスケットボールクラブでプレーをはじめ、佐々町立佐々中学校を卒業した。長崎女子高等学校2年時にウインターカップ、3年時にはインターハイとウインターカップに出場した。2019年白鷗大学教育学部に進学した。全日本大学バスケットボール選手権大会(インカレ)では2019年(1年)から2022年(4年)まで4年続けて準優勝であった。 2023年1月、アーリーエントリーでアイシン ウィングスに加入した。得意なプレーは3Pシュート。 2023-24シーズン、アイシンはレギュラーシーズンで8位となりプレーオフに進出した。
林田 明佳(はやしだ あすか、1986年1月28日 - )は… 林田 明佳(はやしだ あすか、1986年1月28日 - )は、長崎県大村市出身の元バスケットボール選手である。シャンソンVマジックに所属していた。ポジションはフォワード。 地元の中学を卒業後、長崎女子高等学校に進学。1年と3年の時にインターハイ、国体、ウインターカップと「国内3大大会」に出場し、3年時には地元・長崎県で開催されたインターハイとウインターカップとも3位に輝いた。拓殖大学卒業後、シャンソン化粧品に入社。 2004年に中国で開催されたアジアジュニア選手権日本代表も経験した。2012年引退。
花田 有衣(はなだ ゆい、1983年6月20日 - )は、熊… 花田 有衣(はなだ ゆい、1983年6月20日 - )は、熊本県熊本市出身の元女子プロバスケットボール選手である。ポジションはガード。 小学校でバスケットボールを始め、長崎女子高等学校からジャパンエナジーに入社。年代別日本代表として国際大会に出場。一方、JOMOではスタメン出場1試合にとどまるもののシックスウーマンとしてチームを支えた。 2006年、JOMOを退社。海外を目指しストリートやクラブチームでプレーを続け、2007年には日本人女子選手として初めてABAのサマーリーグに参加。 2008年にはWNBA・ロサンゼルス・スパークスのトライアウトに合格を果たすが、ビザ等の関係でロースター登録には至らなかった(このシーズンはJOMOの1年先輩大神雄子がフェニックス・マーキュリーのロースター入りを果たした)。
永石 春奈(ながいし はるな、1983年4月18日 - )は… 永石 春奈(ながいし はるな、1983年4月18日 - )は、熊本県出身の元バスケットボール選手である。ニックネームは「ナナ」。ポジションはフォワード。 長崎女高から、鹿屋体育大学に進み、2005年ユニバーシアードに出場。東アジア大会にも大学生で唯一選ばれ出場。 卒業後、日本航空に入社。 2010年シャンソン化粧品に移籍。2012年引退。
成井 千夏(なるい ちなつ、1982年6月20日 - )は、… 成井 千夏(なるい ちなつ、1982年6月20日 - )は、茨城県出身のバスケットボール選手である。ニックネームは「ユウ」。ポジションはガードフォワード。JOMO(現・ENEOS)サンフラワーズ元選手でマネージャーも務めた。 長崎女子高校からジャパンエナジーに入社。同期入社に大神雄子、田中利佳がいる。 ヤングウーメン日本代表にも選出され、アジア選手権に出場。 しかし、シックスウーメン要員で出場機会も少なかった。 2004年、怪我の影響もあり引退。マネージャーに転じて2013年までチームを支えた。また、女子日本代表にもサブマネジャーとして2010年世界選手権などに同行している。 2017年、女子日本代表チーフマネージャーに就任。
大野 慎子(おおの しんこ、1978年11月14日 - )は… 大野 慎子(おおの しんこ、1978年11月14日 - )は、長崎県佐世保市出身の女子バスケットボール選手である。身長162cm。ポジションはガード。柏リーブス(千葉)・KING ASH(渋谷区)所属。 佐世保市立皆瀬小学校でバスケットボールを始め、佐世保市立中里中学校では、県中学総体で準優勝。 鶴鳴女子高校では1995年福島国体で準優勝、1996年の山梨インターハイで準優勝、広島国体3位の成績を収める。 1997年に渡米し、インディアナ州エバンスビル大学附属英語学校で学んだ後、1998年エバンスビル大学に正式入学。1999年にはカンファレンスリーグ最優秀新人賞を獲得。日本人女子初のNCAA出場を果たした。
小磯 典子(こいそ のりこ、1974年1月15日 - )は、… 小磯 典子(こいそ のりこ、1974年1月15日 - )は、長崎県出身の女子バスケットボール選手である。身長183cm。ポジションはセンター。旧姓:濱口(はまぐち)。 鶴鳴女子高校にて全国大会で活躍し、卒業後、ジャパンエナジーに入社。JOMOでは川﨑真由美ともにツインタワーとして活躍し、黄金時代に貢献した。 1996年にはアトランタオリンピックに出場し日本の7位入賞に貢献。この頃から全日本のセンターに定着。3度の世界選手権も経験しているほか、バンコクアジア大会では金メダルを獲得している。 2004年のアテネオリンピックを最後に一度は現役を引退したが、翌2005年に金平鈺元ヘッドコーチがアイシン・エィ・ダブリュ ウィングスのヘッドコーチに就任すると、移籍して選手兼コーチとして現役復帰。
松山 ゆかり(まつやま ゆかり、現姓・森永、女性:1973年… 松山 ゆかり(まつやま ゆかり、現姓・森永、女性:1973年7月30日 - )は、長崎県出身のバスケットボール選手である。ポジションはセンターフォワード。180cm。 鶴鳴女子高校では濱口典子とともにツインタワーとしてインターハイ優勝。 卒業後、濱口とともにジャパンエナジー(入社時は共同石油)に入社。同年開催されたアジアジュニア選手権に出場。 全日本代表としても、1993年東アジア競技大会に出場した。 しかし、負傷のため1997年にバスケットボール部を退部。福岡支社に勤務している。
古海 五月(ふるみ さつき、旧姓:原田、1963年5月26日… 古海 五月(ふるみ さつき、旧姓:原田、1963年5月26日 - )は、長崎県出身の女子バスケットボール選手・指導者である。現役時代は共同石油(現・ENEOSサンフラワーズ)でプレー。バスケットボール女子日本代表アシスタントコーチも務めた。 豊玉高校2年時に鶴鳴女子高(現:長崎女子高校)の監督だった山崎純男の誘いを受けて転校。卒業後は鶴鳴女子高の元監督である中村和雄が監督を務める共同石油に入社。日本リーグ優勝3度、オールジャパン優勝3度経験。リーグMVPも2度獲得した。 全日本でも6年に渡って選ばれ、4年間主将を務めた。 1990年に共石退社後は徳島に移り、北島CR・クラブに所属。全日本クラブ選手権4連覇や国体連覇の輝かしい成績を残す。