スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
巻 誠一郎(まき せいいちろう、1980年8月7日 - )は… 巻 誠一郎(まき せいいちろう、1980年8月7日 - )は、熊本県下益城郡小川町(現:宇城市)出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはフォワード。元日本代表。 実父はロアッソ熊本持株会元理事の巻昇治、実弟は元プロサッカー選手の巻佑樹。実妹はハンドボール選手の巻加理奈。 幼い頃は色々なスポーツに触れて育ち、小学1年生からアイスホッケー、小学5年生からサッカーを続け、高校2年生まで両スポーツを両立していた。高校1年時には父親が監督を務めるアイスホッケー熊本県代表チームの選手として国体にも出場した。熊本県立大津高等学校では2年次に冬の選手権でベスト8進出に貢献。高校時代も本職はFWだったが、DFとしてプレーした際の評価のほうが高く、実際Jリーグのクラブのほか、スペインからもDFとしてオファーがあった。
山口 武士(やまぐち たけし、1979年6月10日 - )は… 山口 武士(やまぐち たけし、1979年6月10日 - )は、熊本県出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時のポジションはミッドフィールダー。 高校在学時はユース代表に選ばれるなどチームの中心選手として活躍。高校卒業後、鹿島アントラーズとプロ契約を結ぶ。同期には小笠原満男、本山雅志、中田浩二、曽ヶ端準、中村祥朗といったユース代表の常連だった選手たちがいる。怪我が多く、2000年にレンタル移籍した大分トリニータ時代も含めJリーグでの出場はなかった。2002年にJFLのソニー仙台へ移籍。 2005年には地元熊本のロッソ熊本へ移籍。2009年11月17日、今シーズン限りでの現役引退を発表。 引退後は、2010年から2012年までロアッソ熊本のアカデミーコーチを務め、2013年からは同チームのトップチームコーチに就任。
櫛野 亮(くしの りょう、1979年3月3日 - )は、熊本… 櫛野 亮(くしの りょう、1979年3月3日 - )は、熊本県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはゴールキーパー(GK)。 熊本県立大津高等学校3年時に第75回全国高校選手権に出場したが1回戦で茨城県の水戸商業に3-4で敗れた。 1997年にジェフユナイテッド市原に入団。入団当初は日本代表でもあった下川健一の前に出場機会に恵まれなかったが、2000年より出場機会が増加。2001年に下川が退団して以降はレギュラーに定着した。その後も正GKとしてプレーしていたが2005年8月21日の柏レイソルとの「千葉ダービー」で負傷退場。以降、立石智紀にポジションを奪われ出場機会が減少。2006年はリーグ戦での出場がなかった。
佐藤 真也(さとう しんや、1978年11月13日 - )は… 佐藤 真也(さとう しんや、1978年11月13日 - )は、熊本県出身の元サッカー選手。ポジションはDF、MF。
福留 亮(ふくどめ りょう、1978年6月26日 - )は、… 福留 亮(ふくどめ りょう、1978年6月26日 - )は、熊本県出身のサッカー選手。ポジションはFW。
佐藤 光治(さとう こうじ、1977年8月24日 - )は、… 佐藤 光治(さとう こうじ、1977年8月24日 - )は、熊本県出身の元プロサッカー選手、フットサル選手である。ポジションはディフェンダー。現在は熊本国府高等学校サッカー部の監督を務める。
藤本 敏史(ふじもと さとし、1976年6月19日 - )は… 藤本 敏史(ふじもと さとし、1976年6月19日 - )は、熊本県出身の元プロサッカー選手。ポジションはGK。現役を退いた後は熊本県の鹿本高校コーチを経て、ルーテル学院高校サッカー部でGKコーチを務めていた。
土肥 洋一(どい よういち、1973年7月25日 - )は、… 土肥 洋一(どい よういち、1973年7月25日 - )は、熊本県熊本市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはゴールキーパー(GK)。元日本代表。 中学校1年生の時にサッカーを始めた。1992年、熊本県立大津高等学校卒業後の日本サッカーリーグが内定していたが、足の骨折により契約が流れた。 プロ選手への夢を諦めきれず、日本テレビ『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の番組内企画「GENKI FC」(コーチはセルジオ越後)に出演。Jリーグクラブへのアピールを行い、ジャパンフットボールリーグ・日立製作所サッカー部(後の柏レイソル) との契約を果たした。 加藤竜二らとのポジション争いを経て正GKの地位を掴み、1996年にはアトランタ五輪バックアップメンバー選出や、JOMOカップ出場など活躍を見せたが、1998年以降は南雄太 や吉田宗弘の台頭を受け、ベンチ入りメンバーからも外れがちとなっていた。
山崎 慎治(やまざき しんじ、1972年1月17日 - )は… 山崎 慎治(やまざき しんじ、1972年1月17日 - )は、熊本県出身の元サッカー選手。ポジションはGK。 熊本県の大津高校卒業後、日本サッカーリーグのNKKサッカー部に入団。大津高校在学時には、バルセロナオリンピックを目指す、五輪代表候補に選ばれた経験がある。元ユース日本代表。JSLデビュー戦はルーキーイヤーの1990年10月28日対読売クラブ戦。後の武田修宏が度々メディアで語るオーバーヘッドキックを決められる。その後、1996年までセレッソ大阪に在籍。ヤンマー時代はレギュラーとしてJリーグ昇格に貢献するもJリーグでの公式戦出場はなく、ベンチ入りに留まった。現在は会社経営をし、奥さんもまた元女子リーグの選手。
坂田 恵(さかた めぐみ、1971年10月18日 - )は、… 坂田 恵(さかた めぐみ、1971年10月18日 - )は、熊本県菊池郡大津町出身の元女子サッカー日本代表選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはゴールキーパー。熊本県立大津高等学校、日本体育大学卒業。 高校からサッカーを始める。日本体育大学在学中に日本女子代表へ招集され、1989年12月24日に行われた第7回AFC女子選手権ネパール戦(香港・モンコック)で初出場した。 翌1990年には日本女子サッカーリーグ・日産FCレディースに加入し、新人ながら全試合に出場した。翌年には第1回FIFA女子選手権(W杯)のメンバーに選ばれたが、チーム廃部により1994年にプリマハムFCくノ一へ移籍。1995年の第7回日本女子サッカーリーグでチーム初優勝に貢献し、また第2回FIFA女子選手権(W杯)のメンバーにも選ばれた。