スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
金岡 祐一(かなおか ゆういち、1928年(昭和3年)2月2… 金岡 祐一(かなおか ゆういち、1928年(昭和3年)2月25日 -2021年(令和3年)5月24日 )は、日本の薬学者、実業家。学校法人富山国際学園理事長。北海道大学名誉教授。テイカ製薬代表取締役会長。 3代目金岡又左衛門(元富山相互銀行社長)の長男として、富山県上新川郡新庄町(現・富山市)で生まれる。 旧制富山高等学校から東京大学薬学科に進学する。富山高校時代の同級生には、中沖豊元富山県知事らがいた。また、薬学科3年次から大学院時代は、姉と結婚していた金岡幸二宅に同居し世話を受けた。 文部省が国立大学薬学科を増設する方針に踏み切ったため、父の反対を押切り、恩師の推薦を得て、未知の大地であった北海道に渡り、新設となった北海道大学医学部薬学科に赴任する。
岩田 慶治(いわた けいじ、1922年1月12日 - 201… 岩田 慶治(いわた けいじ、1922年1月12日 - 2013年2月17日)は、日本の文化人類学者。国立民族学博物館名誉教授、東京工業大学名誉教授。 1922年、神奈川県横浜市で生まれた。旧制富山高校で学び、地理学に関心を持っていた。戦後の1948年、京都大学文学部市学科を卒業。卒業論文は、オーストラリアのアルンタ族の地域観に関するものであった。 その後は大阪市立大学助教授に就いた。東京工業大学教授の後、国立民族学博物館教授となった。1986年に国立民族学博物館を定年退官し、名誉教授となり、東京工業大学の名誉教授となった。その後は大谷大学教授として教鞭をとった。2013年2月17日、肺炎により死去。
石井 逸太郎(いしい いつたろう 1889年-1955年)は… 石井 逸太郎(いしい いつたろう 1889年-1955年)は、日本の地質学者、教育者。 熊本県生まれ。東京帝国大学卒業後、1925年に旧制富山高校に赴任する。 富山では、恩師である山崎直方が発見した立山の山崎カール(石井が命名)の調査を続け、1943年に発表した論文「立山連峰の氷河作用‐特に山崎圏谷に就いて」により、1945年に氷河地形としては初めて国の天然記念物に指定させる契機を作った。1947年、富山市立芝園中学校の初代校長に就任。また、同年行われた昭和天皇の北陸巡幸の際には進講役を務めた。 1955年8月、立山剱沢の調査を行っている最中、誤ってクレバスから滝へ転落して死亡。同年11月、功績を評価されて富山県文化賞文化特別感謝状を授与された。