松本 寛(まつもと ゆたか、1938年(昭和13年) - 2… 松本 寛(まつもと ゆたか、1938年(昭和13年) - 2007年(平成19年)5月28日)は、日本の実業家。テレビ新広島代表取締役社長を務めた。東京都出身。 上智大学文学部卒業後、1960年に共同テレビに入社。 1967年、フジテレビに移籍。1978年10月、『FNNニュースレポート6:00』編集長に就任。 1987年、テレビ新広島取締役放送本部長に就任。その後、専務、副社長を経て、2004年6月に代表取締役社長に就任し、2006年12月まで務めた。この間、2005年から07年にかけ、広島日豪協会会長を務めた。 2007年5月28日、肺がんのため死去、享年69。
井田 進也(いだ しんや、1938年 - 2016年11月2… 井田 進也(いだ しんや、1938年 - 2016年11月27日)は、日本の比較思想史研究家。大妻女子大学名誉教授。文学博士。新潟県長岡市生まれ、群馬県高崎市育ち。 『中江兆民全集』(岩波書店)の編集者の一人。福沢研究センター客員研究員。無署名論説認定方法を応用した『福澤諭吉全集』収録の「時事新報論説」執筆者再認定を実行している。 2016年12月27日死去。叙従四位、瑞宝小綬章追贈。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
遠藤 徹(えんどう とおる、1938年 - )は、日本の哲学… 遠藤 徹(えんどう とおる、1938年 - )は、日本の哲学者。山口大学名誉教授、聖心女子大学元教授。東京大学にて文学修士。横浜山手聖公会に属する聖公会の信徒。 1938年生まれ。1965年に東京大学文学部哲学科、同大学人文科学研究科哲学を卒業し、同大学院博士課程哲学専攻修了。1970年から1973年まで山口大学講師、1973年から1980年まで同大学助教授、1980年から1997年まで同大学教授を務める。同大学名誉教授。聖心女子大学教授、同大学キリスト教文化研究所長を併任(2002年 - 2009年)。研究テーマは哲学・倫理学。所属学協会は哲学会 、西日本哲学会 、日本哲学会。 2016年10月19日に韓国挺身隊問題対策協議会が毎週水曜にソウルの在韓日本大使館前で行っている水曜デモに出席し、「私は日本人です」と名乗って「日本が数多の過ちを心から申し訳なく思った。
後藤田 圭博(ごとうだ よしひろ、1938年〈昭和13年〉 … 後藤田 圭博(ごとうだ よしひろ、1938年〈昭和13年〉 - 2009年〈平成21年〉4月9日)は、日本の医師。 医療法人社団東山会理事長を務めた。 内務官僚出身で警察庁長官や官房長官などを歴任した後藤田正晴は叔父、次男は徳島県知事・元衆議院議員の後藤田正純で、正純の妻は女優の水野真紀である。 1938年(昭和13年)、医師・医学博士で東山村長・徳島県議会議員を歴任した後藤田耕平の子として現在の徳島県吉野川市に生まれる。 1963年(昭和38年)、東京大学医学部を卒業した。1964年(昭和39年)、医師免許取得。1965年(昭和40年)、癌研究所入所(消化器外科)。1970年(昭和45年)、東京大学病院文部教官助手。
羽鳥 光俊(はとり みつとし、1938年 - 2023年10… 羽鳥 光俊(はとり みつとし、1938年 - 2023年10月30日) は、日本の電子情報通信工学者。 東京大学名誉教授。電子情報通信学会会長 .電子情報通信学会会長 .映像情報メディア学会会長データベース振興センター理事長 .情報通信技術委員会理事長。 総務大臣表彰、1999年NHK放送文化賞、2019年C&C賞などを受賞している。 2017年瑞宝中綬章受章。 2023年10月に死去。85歳没。叙正四位。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
廣田 昌義(ひろた まさよし、1938年 - 2024年1月… 廣田 昌義(ひろた まさよし、1938年 - 2024年1月18日)は、日本のフランス文学者。京都大学名誉教授。17世紀の文学・哲学が専門。 東京生まれ。東京大学文学部仏文科卒、同大学院中退、一橋大学講師、助教授、1980年京都大学文学部仏文科助教授、1984年教授。2001年定年退官、名誉教授。 2024年1月18日に名古屋市の自宅で死去。85歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
篠原 睦治(しのはら むつはる、1938年 - 2023年… 篠原 睦治(しのはら むつはる、1938年 - 2023年5月8日)は、日本の臨床心理学者。脳死・臓器移植に反対する市民会議代表、子供問題研究会代表。日本社会臨床学会運営委員。和光大学名誉教授。 東京生まれ。東京教育大学特殊教育学科卒業、同大学院修了。1969年同大学特殊教育学科助手。60年代半ばから70年代当初まで心理テストやカウンセリングを使いながら「普通教育から特殊教育への橋渡し的業務としての教育相談」に従事する。その中で「分けない、分けられない」「どの子も地域の学校へ」という親の願いに賛同し、特殊教育を分断・隔離と批判、「共生・共育」を主張するようになる。1972年に「子供問題研究会」を結成、機関紙『ゆきわたり』を発刊する。
田嶋 和夫(たじま かずお、1938年 -)は、日本の工学者… 田嶋 和夫(たじま かずお、1938年 -)は、日本の工学者である。ファンデルワールス力を用いたエマルションの方法三相乳化 (神奈川大学)の発明者。神奈川大学特別招聘教授。神奈川大学が特許を取得し立ち上げた企業.株式会社未来環境テクノロジー取締役/CTO 最高技術責任者。 1938年2月9日東京都江戸川区生まれ。1963年東京都立大学大学院理学研究科修士課程修了。1963年東京都立大学助手。1971年理学博士(東京都立大学)。1984年神奈川大学工学部助教授となり、1990年教授。日本学術会議化学研究連絡委員会委員、農芸・応用化学小委員会委員長、日本油化学会会長等を歴任。
梅田 卓夫(うめだ たくお、1938年 - 2013年10月… 梅田 卓夫(うめだ たくお、1938年 - 2013年10月26日)は、日本の詩人・著述家・教師。岐阜県出身。 名古屋大学教育学部卒業。愛知県立小牧工業高等学校国語科教諭を経て、愛知淑徳大学文化創造学部教授。定年後も非常勤講師として勤めた。 日本現代詩人会会員であり、1972年に詩集『物たちの位置』 (秋津書店) で第12回中日詩賞次賞に入選し、1975年には詩集『額縁』 (不動工房) で、第16回中日詩賞を受賞。詩人として主に1970年代から活躍した[要出典]。また、愛知県岡崎市にて『詩誌アルファ』を発行する「アルファの会」の同人として活動した[要出典]。 1980年代のはじめになると、清水良典、服部左右一、松川由博ら同僚教員たちと「万人のための創造的文章表現の実践と理論化」を目指す共同研究を始め、以後それに身を費やした。
小池 潜(こいけ ひそむ、1938年 - 2023年11月2… 小池 潜(こいけ ひそむ、1938年 - 2023年11月29日)は、日本の山岳写真家。日本山岳写真協会会員、日本山岳会会員。 岐阜県吉城郡上宝村(現在の高山市)出身で高山市在住。日本大学理工学部を卒業とともに小池義清(父)の後を継ぎ、北アルプスの双六小屋、鏡平山荘、わさび平小屋を経営。1988年からは黒部五郎小舎も経営する。そのかたわら、山岳写真を撮り続け、作品を雑誌やカレンダーなどに多数発表。 詳細は写真集の自伝を参照。
播 繁(ばん しげる、1938年 - 2017年9月5日)は… 播 繁(ばん しげる、1938年 - 2017年9月5日)は、日本の構造家。日本大学在学時に坪井善勝の元で学ぶ。 耐震構法SE構法を開発し、エヌ・シー・エヌ顧問も務めた。
山本 順也(やまもと じゅんや、1938年 - 2015年7… 山本 順也(やまもと じゅんや、1938年 - 2015年7月17日)は、日本の漫画編集者。日本大学藝術学部映画学科卒業。 1963年、小学館に入社。絵本編集部に所属し、手塚治虫の『ジャングル大帝』復刻版を担当。1968年、『週刊少年サンデー』の副編集長から移動し、少女漫画誌『少女コミック』の創刊メンバーとなる。1970年、『別冊少女コミック』の創刊に副編集長として携わる。当時まだ無名に近かった萩尾望都、大島弓子、竹宮惠子らを登用。その後、倉多江美、樹村みのり、伊東愛子らも起用し、少女漫画界に新しい波を起こした。男性漫画家に対しても、山本の兄の知人の息子にあたる山田ゴロを見出している。1980年には『プチフラワー』の創刊に携わり、その後、編集長を務めた(初代編集長は渡辺静夫)。
高橋 啓(たかはし はじめ、1938年 - )は、日本の歴史… 高橋 啓(たかはし はじめ、1938年 - )は、日本の歴史学者。広島大学大学院文学研究科修士課程修了。専門は日本近世史。徳島県出身。 1963年(昭和38年)に広島大学大学院文学研究科修士課程修了。 鳴門教育大学教授を経て2004年(平成16年)4月1日から2010年(平成22年)3月31日まで同大学の学長を務めた。2016年春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
大熊 康之(おおくま やすちか、1938年〈昭和13年〉 -… 大熊 康之(おおくま やすちか、1938年〈昭和13年〉 - )は、海上自衛官、システムエンジニア。 岐阜県生まれ。防衛大学校では電気工学を専攻し、1958年(昭和33年)に第6期生として卒業した。 昭和46年度計画で開発された海上自衛隊初のシステム艦である「たちかぜ」が搭載する目標指示装置 (WES) の導入のため、1970年10月5日、海上幕僚監部CCS幹事室に着任。このとき、同室長を務めていた、『解析射撃理論』の著者である小綿恭一2佐に師事することになる。その後、アメリカ海軍ミサイル・スクール (NAVGMSCOL) に留学し、1972年から2年間、カリフォルニア州サンタクラリタのバレンシアに所在するUNIVAC社の工場に駐在した。
池田 均(いけだ ひとし、1938年 - 2012年10月9… 池田 均(いけだ ひとし、1938年 - 2012年10月9日)は、日本の農学者。学位は、農学博士(北海道大学)。北海学園大学名誉教授。北海道出身。祖父は県知事を務めた池田宏、父は農業経済学者の池田善長。 1963年北海道大学水産学部卒業。1969年北海道大学大学院農学研究科博士課程修了。その後、同農学部助手や、北海道立総合経済研究所(北海道庁研究機関)、北海道庁経済調査室主任専門調査員を経て、1989年北海学園大学経済学部助教授、1990年同経済学部教授・同大学院経済学研究科教授。1998年同大学院経済学研究科長。2009年北海学園大学退職。同名誉教授。 1989年、学位論文「地域開発と地域経済に関する研究」で北海道大学より農学博士の学位を授与された。
川本 征平(かわもと しょうへい、1938年 - 2023年… 川本 征平(かわもと しょうへい、1938年 - 2023年10月15日)は、日本の男性アニメーション美術監督、アトリエローク元代表取締役、杉並アニメ振興協議会会長である。島根県出身。 広島県立広島工業高等学校建築科卒業後、地元の建設会社に就職するが、数ヶ月で退職する。姉夫婦を頼って大阪に移り、美術系の大学に進学するため関西美術院でデッサンなどを学ぶ。武蔵野美術学校に入学後、上京する。 卒業後はアルバイトでピー・プロダクションに入り、アニメの背景を描き始める。その後、武蔵野美術学校の同期である半藤克美(スタジオユニ創業者)に誘われ、東京ムービーに入社。美術のみならず、藤岡豊のアシスタントとして営業にも同行した。
岳 宏一郎(たけ こういちろう、1938年 - 2022年1… 岳 宏一郎(たけ こういちろう、1938年 - 2022年12月1日)は、日本の歴史小説作家。宮城県生まれ。早稲田大学文学部卒業。 大学卒業後「春田耕三」のペンネームでテレビドラマや舞台の脚本を執筆、その後マガジンハウスの特約ライターを経て、作家活動に入る。 1994年、関ヶ原の戦いを題材にした群像劇『群雲、関ヶ原へ』でデビュー。多数の文献を参考に作り上げるために、寡作である。 2022年12月1日、肺癌のため死去。84歳没。
山下 彰一(やました しょういち 1938年 - 2025年… 山下 彰一(やました しょういち 1938年 - 2025年2月22日)は、日本の経済学者。位階は従四位。 広島大学名誉教授。Ph.D.(ペンシルベニア大学、1974年)。専門は、経済発展論、地域開発論。高知県出身。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
桑山 弥三郎(くわやま やさぶろう、1938年 - 2017… 桑山 弥三郎(くわやま やさぶろう、1938年 - 2017年1月10日)は日本の書体デザイナー、ロゴデザイナー。かな書体タイポス開発者の一人で、1970年代に日本タイポグラフィ協会常任委員、後に佐藤敬之輔賞選考委員を務めた。新潟県柏崎市出身。1962年武蔵野美術学校卒業。 1970年代に雑誌『アイデア』に多数の記事を寄稿。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
谷口 源太郎(たにぐち げんたろう、1938年 - 2024… 谷口 源太郎(たにぐち げんたろう、1938年 - 2024年6月22日)は、日本のスポーツ評論家。 鳥取県鳥取市出身。早稲田大学中退後、講談社、文藝春秋の雑誌記者を経て、フリーとして活動する。 1998年2月に開催された長野オリンピックでは、競技コース開発による自然破壊(1998年長野オリンピックの滑降競技場設営問題を参照)を理由に招致に反対した。また、東京都や福岡市が2016年の開催地に立候補したオリンピック招致運動(2020年東京オリンピック)にも一貫して反対している。 2008年8月の北京オリンピックで日本代表を応援する日本人を「偏狭ナショナリズム」とし、原爆詩人の作品を引用して「星野ジャパン」や「日の丸」の露出度を過去の侵略戦争に無反省なあり方・態度として問題視した。