佐々木 明義(ささき あきよし、1971年7月20日 - )… 佐々木 明義(ささき あきよし、1971年7月20日 - )は、青森県三沢市出身の元プロ野球選手(内野手)。 三沢商業高では高校通算35本塁打を記録。2年夏は県大会ベスト8まで進出した。 1989年のプロ野球ドラフト会議でオリックス・ブレーブスから6位指名を受け入団。 プロ5年目の1994年に一軍初出場を果たすが、1995年シーズン開幕直後に四條稔とのトレードで読売ジャイアンツへ移籍。移籍後は徐々に出場機会を増やし、2000年にプロ初本塁打を放っている。 二軍では3割前後の打率を残すことも多く、1998年には俊足を生かしイースタン盗塁王を獲得するなど活躍していたものの、一軍の厚い選手層に阻まれ定着できなかった。
柿崎 幸男(かきざき ゆきお、1956年11月28日 - )… 柿崎 幸男(かきざき ゆきお、1956年11月28日 - )は、青森県三沢市出身の元プロ野球選手。ポジションは外野手。 三沢高校から1974年のプロ野球ドラフト会議で日本ハムファイターズから5位指名され入団した。1978年に1軍初出場し、18試合に出場。1980年も28試合に出場するが、守備や代走での出場に留まり打席に立つ事は無かった。この年を最後に現役を引退した。 あぶさんに張本勲と共に登場人物として描かれたことがある。
太田 幸司(おおた こうじ、1952年1月23日 - )は、… 太田 幸司(おおた こうじ、1952年1月23日 - )は、青森県三沢市出身の元プロ野球選手(投手)、野球解説者、スポーツキャスター、日本女子プロ野球機構スーパーバイザー。 アメリカ軍人男性と青森市の日本人女性との間に生まれたといわれる。3歳のとき三沢基地の軍属をしていた日本人男性と白系ロシア人女性の夫妻の養子となり、一人っ子として育つ。養母に関しては、ラジオ番組の中でスラヴ人ではなくフランス人の子孫だと明かしている(一方で、満州で通訳をしていた日本人男性が満州で出会った白系ロシア人女性と結婚し、生まれた子が太田であるとの本人の回想もある)。 小学4年の時に野球を始める。当時は野手だったが、三沢一中2年の時に投手に転向した。
八重沢 憲一(やえざわ けんいち、1951年9月30日 - … 八重沢 憲一(やえざわ けんいち、1951年9月30日 - )は、青森県三沢市出身の元プロ野球選手(内野手)。 三沢高では遊撃手として、同学年でエースの太田幸司とともに3季連続で甲子園に出場。1968年夏の選手権は2回戦に進むが、海星高に敗退。翌1969年春の選抜は1回戦で楠城徹のいた小倉高を降すが、2回戦で浪商に敗れる。同年夏の選手権では一番打者としてチームを牽引し、準決勝では玉島商のエース松枝克幸(法大-西川物産)の好投に苦しむが3-2で辛勝。決勝は太田と松山商の井上明との投げ合いとなり、延長18回0-0で引き分け。翌日の再試合の末2-4で敗退したものの、三沢高の準優勝に大きく貢献した。他の高校同期に捕手の小比類巻英秋(三和銀行)、四番打者、三塁手の桃井久雄(日大)がいる。
種市 篤暉 は、青森県三沢市出身のプロ野球選手(投手)。右投… 種市 篤暉 は、青森県三沢市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。