対馬 勝雄(つしま かつお、1908年(明治41年)11月1… 対馬 勝雄(つしま かつお、1908年(明治41年)11月15日 - 1936年(昭和11年)7月12日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍歩兵中尉。 二・二六事件の反乱部隊に参加した青年将校の一人で、事件当日に首相官邸襲撃を実行し、事件後に死刑判決を受け、銃殺刑に処せられた。 青森県南津軽郡田舎館村垂柳の貧農の生まれ。 1915年(大正4年)春から青森師範学校附属尋常小学校に通い始め、成績優秀で3年から終業式の度に運動が優等として壇上に呼ばれたり、全科目の成績は10段階評価でほとんどが10であった。勉強好きで本を好んでいたが家計のことを考えて買って欲しいと頼むことはなかった。卒業式では総代となり、褒章に国漢文辞書を貰った。
