馬場 皐輔(ばば こうすけ、1995年5月18日 - )は、… 馬場 皐輔(ばば こうすけ、1995年5月18日 - )は、宮城県塩竈市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 塩竈市立第三小学校で3年生のときに塩竈ドラゴンズで野球を始める。塩竈市立第三中学校では七ヶ浜シニアに所属した。 仙台育英高校への進学後には、2年秋からベンチ入り。鈴木天斗との2枚看板で秋季東北大会、第43回明治神宮野球大会を制した。3年春の第85回記念選抜高等学校野球大会では、3回戦の早稲田実業戦に先発。7回1失点の好投でチームを勝利に導いた。和田恋を擁する高知との準々決勝では、6回からリリーフでマウンドに上がり、4回1安打無失点に抑えたが、0-2で敗れた。
木村 謙吾(きむら けんご、1992年4月20日 - )は、… 木村 謙吾(きむら けんご、1992年4月20日 - )は、宮城県塩竈市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。プロでは育成選手であった。東北楽天ゴールデンイーグルス所属当時のニックネームは「冷蔵庫」「キムケン」「ボブ」。 小学1年時から野球を始める。中学時代は、塩釜中央シニアに所属する。 仙台育英高校に進学すると、1年時の春からベンチ入り。夏の第90回全国高等学校野球選手権記念大会では、宮城代表になったチームの一員として、甲子園球場での全国大会を初めて経験した。1回戦では西勇輝擁する菰野高校戦で初登板を果たし、2回戦の中村悠平擁する福井商業戦では1点リードの5回1アウト満塁から登板し、同点となる押し出しのフォアボールを出すが、後続を打ち取り、直後に打線が2点を勝ち越し。
菊池 俊夫(きくち としお、1984年8月20日 - )は、… 菊池 俊夫(きくち としお、1984年8月20日 - )は、宮城県塩竈市出身の元プロ野球選手(内野手)。 仙台育英高校では2年生の時に第73回選抜高等学校野球大会に出場し、2年生ながら4番打者としてチームの準優勝に貢献した。当時は中谷翼、矢貫俊之とチームメイトだった。 2002年プロ野球ドラフト会議で、オリックス・ブルーウェーブに5巡目で指名され、入団。長打力があり、肩も強いと将来の大型内野手として期待された。 しかし、1年目の成績はウエスタンリーグで51試合出場、打率.101と散々な結果だった。 翌2004年もウエスタンでの出場は39試合と少なく活躍はできなかった。2004年末の球団合併・分配ドラフトを経て、2005年はオリックス・バファローズと契約。
太田 敏之(おおた としゆき、1961年3月12日 - )は… 太田 敏之(おおた としゆき、1961年3月12日 - )は、宮城県塩竈市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 塩釜高を卒業後、社会人野球の仙台鉄道管理局に入局。 1981年のプロ野球ドラフト会議で阪急ブレーブスから2位指名を受け、入団。 入団当時は近鉄の柳田豊に似た投法をしていたが、その後、じっくりと体にタメを作る山田久志に似たフォームに改造した。アンダースローからホップしてくるストレートの球質は重く、カーブ・スライダー・シンカーといった変化球もあり、即戦力として期待されたが、目立った活躍を見せることもないまま1987年限りで現役を引退した。
大久保 美智男(おおくぼ みちお、1960年7月29日 - … 大久保 美智男(おおくぼ みちお、1960年7月29日 - )は、宮城県塩竈市出身の元プロ野球選手(投手、外野手)。右投右打。 仙台育英高では、エースとして1977年から2年連続で夏の甲子園に出場。同年の大会では、1回戦で高知高に敗退。の1978年の大会は、1回戦で高松商業高の河地良一(西濃運輸)を相手に延長17回を投げ切り1-0でサヨナラ勝ち、予選からの公式戦通算39回連続無失点の記録を樹立する。3回戦に進むが、高知商業高の森浩二に抑えられ敗退。 1978年のプロ野球ドラフト会議で広島東洋カープから2位指名を受け入団。期待の戦力として背番号「1」を背負う。 プロ2年目の1980年に、中継ぎで一軍初登板を含む6試合に登板する。
若生 和也(わこう かずや、1944年11月16日 - )は… 若生 和也(わこう かずや、1944年11月16日 - )は、宮城県出身の元プロ野球選手(投手)。 塩釜高校では、鉄砲肩を誇る捕手だった。高校卒業後、社会人野球の仙台鉄道局に入団し投手へコンバート。その後、岩崎電気を経て立正佼成会へ移籍。1965年の都市対抗野球に初出場。大会史上に残る大応援団のもと、1回戦で後藤博を救援し好投、三重交通を降しチーム初勝利に貢献した。しかし2回戦では松下電器に打ち込まれ敗退。この時のチームメートに田中辰次(鷺宮製作所から補強)がいた。 1967年にはエースとして都市対抗に再度出場。1回戦では三菱重工神戸に完投勝利、2回戦でも日本楽器を相手に好投するが、9回裏にサヨナラ本塁打を喫し惜敗。