渡部 幸男(わたなべ ゆきお、1952年(昭和27年)3月4… 渡部 幸男(わたなべ ゆきお、1952年(昭和27年)3月4日 - )は、日本の政治家。元秋田県男鹿市長(2期)、元秋田県議会議員(1期)。 秋田県男鹿市出身。秋田県立秋田高等学校、慶應義塾大学商学部卒業。1995年(平成7年)、秋田県議会議員選挙で初当選し、県議を1期務める。1999年(平成11年)の選挙で、当時の旧男鹿市選挙区での定数減(2→1)により、加藤義康との現職同士の選挙戦に敗れて落選。その後、港湾荷役会社長、船川港港湾振興会長などを歴任した。 2009年(平成21年)4月3日付で男鹿市(新制)初代市長の佐藤一誠が、任期満了直前で当時現職県議だった加藤義康が市長選出馬を理由に辞職したことに伴って行われる県議補選出馬のため失職。
菅原 広二(すがわら こうじ、1951年(昭和26年)10月… 菅原 広二(すがわら こうじ、1951年(昭和26年)10月28日 - )は、日本の政治家。秋田県男鹿市長(3期)。元秋田県議会議員(2期)。 秋田県南秋田郡脇本村(現・男鹿市脇本富永字野田)に生まれる。1967年(昭和42年)3月、男鹿市立脇本中学校卒業。中学時代は相撲部に所属し、全県大会で個人優勝した。1970年(昭和45年)3月、秋田県立秋田高等学校卒業。3年生のときラグビー部キャプテンをつとめた。1975年(昭和50年)3月、日本大学理工学部土木工学科卒業。同年4月、秋田県庁に入庁。1981年(昭和56年)4月、石材の採石加工業の会社に転職。1994年(平成6年)3月、同社代表取締役副社長に就任。
菅原 慶吉(すがわら けいきち、1917年〈大正6年〉9月1… 菅原 慶吉(すがわら けいきち、1917年〈大正6年〉9月19日 - 1993年〈平成5年〉3月25日)は、日本の政治家。秋田県男鹿市長。位階は正五位。勲三等瑞宝章。 秋田県南秋田郡北浦町(現・男鹿市)出身。北浦町立鹿山高等小学校卒。1937年から兵役に就き、旧満州を転戦する。1945年敗戦でソ連軍の捕虜になり、シベリアに抑留される。1949年に帰国。男鹿市役所で商工市民課長を務め、退職後は男鹿市議会議員となる。1986年に男鹿市長に初当選。1990年に再選。在職中の1993年に死去した。死没日付をもって正五位に叙され、勲三等瑞宝章を追贈された。
鈴木 壽(すずき ひとし、1907年(明治40年)1月14日… 鈴木 壽(すずき ひとし、1907年(明治40年)1月14日 – 1970年(昭和45年)8月30日)は、昭和期の教育者、労働運動家、政治家。参議院議員(3期)。 秋田県南秋田郡北浦町(現男鹿市北浦)で生まれる。1926年(大正15年)秋田県師範学校を卒業し、さらに同校専攻科を1933年(昭和8年)に卒業した。1926年に小学校教員となり、1946年(昭和21年)高清水小学校長、1947年(昭和22年)高清水中学校長に就任。1946年、秋田県教職員組合が結成され初代委員長に就任し4期在任した。 1947年、秋田県議会議員に当選して連続3期在任した。1956年(昭和31年)7月の第4回参議院議員通常選挙に秋田県地方区から日本社会党公認で出馬して初当選。