赤上 優人(あかがみ ゆうと、1999年2月10日 - )は… 赤上 優人(あかがみ ゆうと、1999年2月10日 - )は、秋田県仙北市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 仙北市立桧木内小学校3年時に桧木内ベアーズで野球を始める。桧木内中学校では軟式野球部に所属した。 秋田県立角館高等学校では、1年時に高校が第96回全国高等学校野球選手権大会に初出場したが自身は未出場だった。2年から遊撃手のレギュラーを獲得し、3年夏は秋田県大会準優勝。同期には、小木田敦也(TDK→オリックス)がいる。 東北公益文科大学では、当初は遊撃手であったが1年秋に投手に転向。転向直後から頭角を現し、2年夏には球速が最速150km/hを記録した。3年秋の南東北大学野球リーグ戦では4勝1敗、防御率1.11の成績を挙げ、最多勝とMVPを獲得した。
小木田 敦也(こぎた あつや、1998年10月10日 - )… 小木田 敦也(こぎた あつや、1998年10月10日 - )は、秋田県仙北市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 仙北市立角館小学校3年生のときに角館マックスで野球を始め、仙北市立角館中学校では軟式野球部に所属。 秋田県立角館高等学校では1年夏から内野手としてベンチ入りすると、チームは県大会を制し、春夏通じて創部初の甲子園大会となる第96回全国高等学校野球選手権大会に出場。正三塁手(背番号5)として八頭との初戦(2回戦)に先発出場したが無安打に終わり、チームも敗れた。その後は投手も兼任し、2年夏はエースナンバーを背負い、“二刀流”として注目を集めたが、能代との初戦に先発し、4失点を喫して敗退。
水沢 英樹(みずさわ ひでき、1969年5月9日 - )は、… 水沢 英樹(みずさわ ひでき、1969年5月9日 - )は、秋田県仙北郡田沢湖町(現:仙北市)出身の元プロ野球選手(投手)。 生保内小、生保内中を経て、秋田経法大附高時代は、2年春の東北大会決勝で完投するも同県の本荘高と引分けで同校優勝。秋も東北大会準々決勝で完投するも惜敗。1987年の3年次は春の東北大会で優勝し、夏の甲子園にも出場した。 1987年のプロ野球ドラフト会議において、広島東洋カープから4位指名を受け入団した。 一軍への昇格を果たせないまま1991年オフに現役を引退した。 引退後は、1992年から1997年まで西武ライオンズの打撃投手を務め、現在は編成部アマ担当(スカウト)として活動しており、北海道・東北地区を担当。
松本 豊(まつもと ゆたか、1963年4月14日 - )は、… 松本 豊(まつもと ゆたか、1963年4月14日 - )は、 秋田県仙北郡角館町(現在の仙北市)出身の元プロ野球選手(投手)。 父親とのキャッチボールをきっかけに野球を始める。小学校では本来4年生からのところ、3年生から野球部に入部した。6年生のときに全県大会で準優勝。角館中学校では1年生から投手を務めた。 秋田経大附高時代は1年春からベンチ入りし、1981年に春夏連続で甲子園に出場。春の選抜では丸亀商業高、音重鎮のいた星稜高を降し準々決勝に進出するが、この大会に準優勝した印旛高の佐藤文男投手と投げ合い、延長10回で敗退。夏の選手権ではエース竹下浩二を擁する興南高、古溝克之のいた福島商業高を破り3回戦に進むが、志度商業高に延長10回サヨナラ負け。