スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
赤上 優人(あかがみ ゆうと、1999年2月10日 - )は… 赤上 優人(あかがみ ゆうと、1999年2月10日 - )は、秋田県仙北市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 仙北市立桧木内小学校3年時に桧木内ベアーズで野球を始める。桧木内中学校では軟式野球部に所属した。 秋田県立角館高等学校では、1年時に高校が第96回全国高等学校野球選手権大会に初出場したが自身は未出場だった。2年から遊撃手のレギュラーを獲得し、3年夏は秋田県大会準優勝。同期には、小木田敦也(TDK→オリックス)がいる。 東北公益文科大学では、当初は遊撃手であったが1年秋に投手に転向。転向直後から頭角を現し、2年夏には球速が最速150km/hを記録した。3年秋の南東北大学野球リーグ戦では4勝1敗、防御率1.11の成績を挙げ、最多勝とMVPを獲得した。
小木田 敦也(こぎた あつや、1998年10月10日 - )… 小木田 敦也(こぎた あつや、1998年10月10日 - )は、秋田県仙北市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 仙北市立角館小学校3年生のときに角館マックスで野球を始め、仙北市立角館中学校では軟式野球部に所属。 秋田県立角館高等学校では1年夏から内野手としてベンチ入りすると、チームは県大会を制し、春夏通じて創部初の甲子園大会となる第96回全国高等学校野球選手権大会に出場。正三塁手(背番号5)として八頭との初戦(2回戦)に先発出場したが無安打に終わり、チームも敗れた。その後は投手も兼任し、2年夏はエースナンバーを背負い、“二刀流”として注目を集めたが、能代との初戦に先発し、4失点を喫して敗退。
菅原 大道(すがわら ひろみち、1995年8月10日 - )… 菅原 大道(すがわら ひろみち、1995年8月10日 - )は、秋田県出身のサッカー選手。Jリーグ・FC大阪所属。ポジションはGK。 2018年、北海道サッカーリーグの北海道十勝スカイアースに加入。 2020年、栃木シティFCに加入。 2022年、藤枝MYFCに完全移籍で加入。しかし藤枝では試合出場はなく、2024年11月14日に契約満了となった。 2024年12月27日にFC大阪へ完全移籍加入した。 北海道十勝スカイアース
向川 桜子(むこうがわ さくらこ、1992年1月20日 - … 向川 桜子(むこうがわ さくらこ、1992年1月20日 - )は、秋田県横手市出身のアルペンスキー選手。主に大回転や回転競技に出場している。富士フイルムBI秋田株式会社所属。2022年北京冬季五輪アルペンスキー日本代表。 横手市立朝倉小学校、横手市立鳳中学校(現・横手市立横手北中学校)を卒業。秋田県立角館高等学校進学後は国体の大回転で優勝、卒業後は早稲田大学教育学部教育学科に進学し全日本学生選手権や全日本選手権の回転を制しユニバーシアードに日本代表として3回出場、ワールドカップにも初参戦した。2014年同大学を卒業、現在は富士フイルムBI秋田株式会社に所属している。 2017年、初のオリンピック出場を懸けた平昌五輪選考試合では、スタート直後にスキー板がはずれるアクシデントで失格となりオリンピック出場は叶わなかった。
海渕 萌(かいふち もえ、1986年6月16日 - )は、東… 海渕 萌(かいふち もえ、1986年6月16日 - )は、東京都町田市出身のカヌーイスト。都立成瀬高校、秋田県立角館高校、駿河台大学出身。 元カヌースラローム日本代表。2012年ロンドンオリンピック出場者、2012年アジア選手権3位入賞。血液型はA型。 両親はアウトドアを積極的に取り入れた幼稚園を経営しており、幼い頃から自然やカヌーに慣れ親しんだ生活を送る。 父親とともに見ていたカヌーの世界選手権(スラローム)のなかで激流に揉まれながらも勇ましく流れを操る女性カヌーイストに感化され、父とともに奥多摩のスラロームコースを訪れる。またそこで見た日本のトップ選手の姿にも刺激を受け、この頃から小学生を対象としたカヌーの全国大会に出場するようになる。
髙橋 靖彦(たかはし やすひこ、1985年5月12日 - )… 髙橋 靖彦(たかはし やすひこ、1985年5月12日 - )は、日本のラート競技選手。世界選手権男子個人総合優勝3度(史上最多)、種目別と団体戦を含めると10度の優勝。全日本選手権11連覇中。現役選手として活動中。秋田ノーザンハピネッツ所属。 秋田県立角館高等学校では野球部に所属して内野手として活躍。筑波大学体育専門学群進学後も野球部に入部して20歳までは野球選手だったが、古傷の足首の怪我のため1年で退部し、体操部へと転部してラートに転向した。なお体操部は器械体操部とは異なり、一般体操を扱うクラブであった。斜転でのオリジナル技は地元の祭りでの掛け声から「オイサー・トルネード」と呼ばれている。現在オイサー・トルネード3まで開発されている。
本田 武久(ほんだ たけひさ、1971年(昭和46年)6月2… 本田 武久(ほんだ たけひさ、1971年(昭和46年)6月24日 - 2012年(平成24年)11月28日)は、日本のテノール歌手。秋田県仙北市出身。 北海道千歳市に生まれる。小学校を青森県三沢市で、中学校・高校時代を秋田県仙北郡角館町(現仙北市)で過ごす。
細川 甚孝(ほそかわ しげのり、1971年1月9日 - )は… 細川 甚孝(ほそかわ しげのり、1971年1月9日 - )は、パブリックセクターに関する政策/戦略立案、実施支援を専門とするコンサルタント。 秋田県仙北市生まれ。秋田県立角館高等学校卒業後、都留文科大学文学部社会学科入学。 2000年 上智大学大学院文学研究科社会学専攻博士後期課程(満期退学)。上智大学大学院在学時は、農業・食料の社会学を軸として、農業・食料に関する制度分析を実施。満期退学後は、松江市内の土木設計会社において、地域開発セクションを立ち上げる。その後、隠岐諸島、山陰の市町村における地域振興などに携わる。 2008年 早稲田大学大学院公共経営研究科修了(公共経営修士:専門職)。早稲田大学では、公共経営・公会計を学ぶ。
田口 知明(たぐち ともあき、1970年〈昭和45年〉10月… 田口 知明(たぐち ともあき、1970年〈昭和45年〉10月6日 - )は、日本の政治家、実業家。秋田県仙北市長(2期)。過去には秋田県商工会青年部連合会会長や秋田県中小企業家同友会代表理事など歴任した。 秋田県仙北郡田沢湖町(現・仙北市)出身。田沢湖町立生保内小学校、田沢湖町立生保内中学校を卒業後、秋田県立角館高等学校へ進学した。生保内中学校、角館高校時代はともに生徒会長で剣道部主将だった。1989年(平成元年)に秋田県立角館高等学校を卒業する。 2009年(平成21年)、田口木材株式会社の代表取締役社長に就任した。 2012年(平成24年)、東北醤油株式会社の代表取締役専務となったが、2020年(令和2年)に退任した。
ha-j(ハージェイ、1970年 - )は、日本の作詞家、作… ha-j(ハージェイ、1970年 - )は、日本の作詞家、作曲家、編曲家。秋田県仙北市出身。しし座。ホバーボード所属。
藤 あや子(ふじ あやこ、1961年〈昭和36年〉5月10日… 藤 あや子(ふじ あやこ、1961年〈昭和36年〉5月10日 - )は、日本の演歌歌手、シンガーソングライター。 秋田県仙北郡角館町(現・仙北市)出身。バーニングプロダクション所属。 小学4年から民謡を習い、高校卒業後に就職したものの、職を変えながら民謡歌手として活動。秋田県主催の『ミス花嫁コンテスト』に19歳で出場し優勝。1985年には、テレビ番組 『勝ち抜き歌謡天国』(NHK総合)に出演して優勝。 1987年6月21日、CBS・ソニーから村勢真奈美の芸名で、「ふたり川」でテビューした。1989年9月21日、藤あや子に芸名を変え「おんな」で再デビュー。この現芸名は事務所の社長の提案によるもので、最初は芸名を一般公募していた。
柳葉 敏郎(やなぎば としろう、1961年1月3日 - )は… 柳葉 敏郎(やなぎば としろう、1961年1月3日 - )は、日本の俳優、歌手。愛称は、ギバちゃん。秋田県仙北郡西仙北町(現・大仙市)出身。融合事務所所属。 映画館の看板絵師をしていた父・山田四郎と、小学校の教員だった母の間に長男として生まれる。母によると、四郎が稼ぎを全く渡さなかったため両親は離婚し、敏郎は母に引き取られて仙北郡刈和野町(現在の大仙市)にある母の実家に移ったという。母は自身の母と弟夫婦に敏郎の養育を託し、生活費を稼ぐために仕事に勤しむ生活を送った。一方、別居して一人暮らしになった父は38歳の時に脳溢血で急逝。父には敏郎の実母と結婚する前に2年ほどで経済的な理由によって別れざるを得なかった前妻がおり、その間には敏郎の姉に当たる娘がいたことが後になって判明する。
利部 陽子(かがぶ ようこ、1960年10月28日 - )は… 利部 陽子(かがぶ ようこ、1960年10月28日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。1984年ロサンゼルスオリンピックバレーボール女子銅メダリスト。 秋田県秋田市太平出身。秋田市立太平中学校でバレーボールを始める。中学時代はアタッカーであり、高校入学後にセッターに転向。 1979年に日立に入団。 日立・全日本ともに正セッターには中田久美がいたため、「チームが苦しい場面のピンチサーバー」としての役割を果たした。 引退後は秋田市役所に勤務。 1994年に小学生クラブチームの秋田ブレイザーズジュニアを立ち上げ、指導者を務める。教え子にはAstemoリヴァーレ茨城の野中瑠衣がいる。
門脇 光浩(かどわき みつひろ、1960年(昭和35年)7月… 門脇 光浩(かどわき みつひろ、1960年(昭和35年)7月26日 - )は、日本の政治家。元秋田県仙北市長(3期)、秋田県議会議員(2期)。 秋田県仙北郡西木村(現仙北市西木町)出身。1979年(昭和54年)、秋田県立角館高等学校卒業。1981年(昭和56年)3月、秋田県立農業短期大学畜産科卒業。同年4月、西木村役場に採用される。2002年(平成14年)9月、西木村役場を退職。 2003年(平成15年)4月、秋田県議会議員選挙に出馬し初当選。2期務めたのち、2009年(平成21年)9月に辞職。 2009年(平成21年)10月25日に行われた仙北市長選挙に出馬。現職の石黒直次を破り初当選(門脇:13,229票、石黒:7,037票)。
菅原弘明(すがわら ひろあき、1960年5月13日 - )は… 菅原弘明(すがわら ひろあき、1960年5月13日 - )は、日本の作曲家、編曲家、キーボーディスト。秋田県仙北郡角館町(現在の仙北市)出身。妻はシンガーソングライターの大木彩乃、前妻はシンガーソングライターの鈴木祥子。
田口 三昭(たぐち みつあき、1958年〈昭和33年〉6月1… 田口 三昭(たぐち みつあき、1958年〈昭和33年〉6月16日 - )は、日本の実業家。株式会社バンダイナムコホールディングス取締役会長。秋田県仙北郡太田町(現:大仙市)出身。 秋田県立角館高等学校を経て明治学院大学法学部を卒業。1982年にバンダイに入社し、模型事業部に配属される。ベンダー事業部ゼネラルマネージャー、ライフ事業部ゼネラルマネージャーを経て、2003年に取締役に就任。ライフスタイルカンパニープレジデント、新規事業政策担当等を経験した後、2010年に取締役副社長に就任。2015年にバンダイナムコホールディングス代表取締役社長に就任。2021年に取締役会長に就任。
小松 ひとみ(こまつ ひとみ、1956年 - )は秋田県出身… 小松 ひとみ(こまつ ひとみ、1956年 - )は秋田県出身の写真家。北東北の自然を題材とした風景写真を中心に、風俗や文化など幅広く活動している。秋田県立角館南高等学校卒業。バスケットボール実業団出身というカメラマンとしては変わった経歴を持つ。
安達 和平(あだち わへい、1955年6月9日 - )は、秋… 安達 和平(あだち わへい、1955年6月9日 - )は、秋田県仙北市(旧田沢湖町)出身の舞台俳優。劇団わらび座所属。血液型B型。
荒木田 裕子(あらきだ ゆうこ、1954年2月14日 - 2… 荒木田 裕子(あらきだ ゆうこ、1954年2月14日 - 2024年8月30日)は、秋田県仙北郡田沢湖町(現仙北市)出身の元バレーボール日本代表、バレーボール指導者。2020年東京オリンピック・パラリンピック組織委員会副会長を務めた。 日本バレーボール協会強化事業本部長、女子強化委員会GM兼務。日本オリンピック委員会理事、同アスリート専門部会長、アジア・オリンピック評議会理事、国際オリンピック委員会プログラム委員などの要職を歴任。 2020年東京オリンピック・パラリンピック組織委員会理事だった2021年、森喜朗の女性に関する発言でにわかに組織委内で女性登用を進める必要が高まったため、3月の理事会で急遽7人目の副会長に選出された。
高川 定子(たかがわ さだこ、1953年12月1日 - )は… 高川 定子(たかがわ さだこ、1953年12月1日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。秋田県仙北郡中仙町(現・大仙市)出身。現役時代のポジションはガード。 中仙町立豊成中学校時代に、姉の影響でバスケットボールを始める。秋田県立角館南高等学校卒業後、共同石油に入社。入社3年目に同郷の中村和雄が共石のコーチに就任すると、キャプテンに抜擢されるが、左足の怪我などもあり、レギュラー定着は6年目の1977-1978年シーズンと遅咲きの選手だった。1978-1979年シーズン、1979-1980年シーズンのチームの日本リーグ連覇に貢献し、1978-1979年シーズンではリーグベスト5にも選ばれた。
橋本 修(はしもと おさむ、1953年 - )は、日本の工学… 橋本 修(はしもと おさむ、1953年 - )は、日本の工学者。専門は電磁波工学。応用電波工学・環境電磁工学・マイクロ波・ミリ波計測工学・電磁応用工学・生体電磁工学なども扱う。学位は、工学博士。青山学院大学副学長・理工学部・大学院理工学研究科教授。 電子情報通信学会、電気学会、建築学会、エレクトロニクス実装学会に所属。電波の人体への悪影響を考え、電波吸収体・シールド材の実用化の研究開発も行う。現在、APMC2010実行委員会副委員長・電子情報通信学会 マイクロ波シミュレータ委員会委員長(~2011年3月まで)、電子情報通信学会 マイクロ波研究専門委員会顧問を務める。
男鹿 和雄(おが かずお、1952年2月29日 - )は、ア… 男鹿 和雄(おが かずお、1952年2月29日 - )は、アニメーション美術監督、挿絵画家。株式会社でほぎゃらりーアドバイザー。宮崎駿、高畑勲、川尻善昭らの作品を支えてきた日本を代表する美術監督である。 1952年、秋田県仙北郡太田町(現:大仙市)三本扇に生まれる。秋田県立角館高等学校卒業後、デザイン系専門学校を一年で中退。学校に通う途中、アニメーションの広告を見かけて背景を描くようになる。1972年、小林プロダクションに入社、代表の小林七郎に師事する。1975年に看板製作の仕事に転職するも、1977年に『家なき子』制作の為に同プロダクションに復帰。その後はマッドハウスに移籍し、椋尾篁の下で『幻魔大戦』『カムイの剣』などのアニメに参加。
矢野 立美(やの たつみ、1949年4月21日 - )は日本… 矢野 立美(やの たつみ、1949年4月21日 - )は日本の作曲家である。秋田県仙北郡角館町(現・仙北市)出身。
佐竹 敬久(さたけ のりひさ、1947年〈昭和22年〉11月… 佐竹 敬久(さたけ のりひさ、1947年〈昭和22年〉11月15日 - )は、日本の政治家。前秋田県知事(公選第17・18・19・20代)。無所属。 秋田市長(第17代)、全国市長会会長(第27代)などを歴任。佐竹北家の末裔で21代目にあたる。秋田県仙北郡角館町(現在の仙北市)出身。曾祖父の佐竹義尚は男爵に列しており、華族の家柄である。 秋田県仙北郡角館町(現:仙北市)に生まれる。1966年(昭和41年)3月、地元の秋田県立角館高等学校卒業。1971年(昭和46年)3月、東北大学工学部精密工学科卒業。1972年(昭和47年)3月、秋田県庁に入庁して県庁職員(地方公務員)として勤務した。商工部門、総務部次長を歴任した。
塩野 米松(しおの よねまつ、1947年1月1日 - )は、… 塩野 米松(しおの よねまつ、1947年1月1日 - )は、日本の小説家。全国各地を旅して漁師や職人の聞き書きを行い、失われゆく伝統文化・技術の記録に精力的に取り組んでいる。 秋田県角館町(現仙北市)出身。秋田県立角館高等学校を経て、東京理科大学理学部応用化学科卒業。1992年に「昔の地図」で第107回芥川賞候補となる。以後、1993年「オレオレの日」、1994年「空っぽの巣」、1996年「ペーパーノーチラス」と計4回候補に挙がる。 2003年『なつのいけ』で日本絵本賞大賞を受賞。それまでの作家活動を讃え、国際天文連合より小惑星11987にYONEMATSUの名が授与された。2009年公開の映画『クヌート』の構成を担当した。
阿部 勉(あべ つとむ、1946年(昭和21年)8月30日 … 阿部 勉(あべ つとむ、1946年(昭和21年)8月30日 - 1999年(平成11年)10月11日 )は、日本の政治活動家。民族主義者。三島由紀夫が結成した「楯の会」の1期生で第5班(のち10班の憲法研究班)班長。一水会結成参加メンバー。古本店「閑人舎」代表。 1946年(昭和21年)8月30日、秋田県仙北郡雲沢村字雲然(現・仙北市角館町)で父・羹栄と母・俊子の次男として誕生。雲沢村役場に勤めていた父・羹栄は勉がまだ俊子の腹の中にいる時に病死。小学校教諭の母は当初「彊」と名付けようとしたが、役所から当用漢字にもなく誰も読めないから同じ意味の「勉」にしたら、と勧められて「勉」となった。秋田県立角館高等学校を経て、1965年(昭和40年)4月、早稲田大学法学部に入学。
草薙 良一(くさなぎ りょういち、1946年5月17日 - … 草薙 良一(くさなぎ りょういち、1946年5月17日 - 2023年8月2日)は、日本の俳優、演出家。秋田県仙北市出身。秋田県立角館高等学校卒業。最終所属は現代制作舎。 1970年代から1980年代前半にかけて日活ロマンポルノ映画で活躍。テレビでは刑事ドラマへの悪役としての出演が多数ある。 近年は時代劇や2時間ドラマに出演する一方、舞台公演を軸に活動し、2008年5月よりなぎプロダクション代表として、自身の作・演出による創作演劇のプロデュースに取り組んでいた。2008年11月には同プロダクションの旗揚げ記念公演として、故郷・秋田を舞台とした『新説 おばこ旅館物語 かたくりの花編』を上演した。 俳優の草薙幸二郎は同姓から兄と誤解されがちだったが、両者に縁類関係はない。
花家 圭太郎(はなや けいたろう、1946年 - 2012年… 花家 圭太郎(はなや けいたろう、1946年 - 2012年5月7日)は、日本の小説家(時代小説)、作家。本名:村岡末男。 秋田県仙北郡太田町(現在の大仙市)出身。秋田県立角館高等学校を経て明治大学文学部仏文科卒業。フリーライターをへて、1998年『暴れ影法師』でデビュー。 2012年5月7日、東京都中央区の病院にて肺がんにより逝去。66歳歿。
坂本 尚夫(さかもと たかお、1943年9月14日- )は、… 坂本 尚夫(さかもと たかお、1943年9月14日- )は、秋田県仙北市出身の薬学者。東北大学薬学部教授、東北大学高等教育開発推進センター長、東北大学大学院薬学研究科長、東北大学副学長、国立薬学部長会議議長などを歴任。東北7県(新潟県を含む)の産学官連携を具現化するための組織、インテリジェント・コスモス研究機構の社長を務めている。 月刊薬事2001年1月号で、「大学院重点化後の薬学教育および研究」について書いている。2002年11月、東北大学総長補佐及び同大学教育研究センター長、2005年には教務担当の副学長に就任した。2006年には日本薬学会教育賞を受賞している。
高階 航(たかしな こう、1942年 - 2018年)は、日… 高階 航(たかしな こう、1942年 - 2018年)は、日本の作家、脚本家。秋田県出身。高階 秋成(あきなり)は彼の別名である。本名は高階 茂嘉(しげよし)。 秋田県立角館高等学校卒業後に上京。1970年代から、映画やドラマ、アニメの脚本で活躍。代表作は『太陽にほえろ!』『ルパン三世』。 ルパン三世第二シリーズでは、最も登板数が多い脚本家である。第三シリーズでも数多く執筆している。その頃から、渡哲也、松田優作、宮崎駿らと親交があった。1989年に仙北市田沢湖町に帰郷し、作家として活動。秋田魁新報で「高階航のアラスカぼたっこ釣り騒動記」「振りかえれば」などを連載した。 2018年10月10日、高階の自宅で身元不明の遺体が発見された。
石黒 直次(いしぐろ なおつぎ、1940年(昭和15年)4月… 石黒 直次(いしぐろ なおつぎ、1940年(昭和15年)4月18日 - )は、日本の政治家。元秋田県仙北市長。旧角館町(現・仙北市)長。 秋田県仙北郡角館町出身。秋田県立角館高等学校を経て、東北大学工学部精密工学科卒、同大学大学院工学研究科修士課程修了。修了後は神戸製鋼所に入社、圧縮機設計課長などを歴任する。1988年、帰郷し、横手市の横手精工に入社し、工場長となる。1994年、角館町助役に就任、2005年、同町長に当選する。同年、角館町は田沢湖町、西木村と合併し、仙北市が発足、合併後の市長選挙に立候補し、元西木村長と元田沢湖町課長を破って当選した。仙北市長を1期務め、2009年の市長選挙では再選を目指したが、元秋田県議の門脇光浩に敗れた。
渡辺 豊和(わたなべ とよかず、1938年8月1日 - )は… 渡辺 豊和(わたなべ とよかず、1938年8月1日 - )は日本の建築家。渡辺豊和建築工房主宰。博士(工学)。
佐藤 歳二(さとう としじ、1936年4月23日 - )は、… 佐藤 歳二(さとう としじ、1936年4月23日 - )は、日本の裁判官、弁護士。東京地方裁判所部総括判事、最高裁判所上席調査官、司法研修所上席教官、横浜地方裁判所所長、早稲田大学法学部特任教授、司法協会理事長、TMI総合法律事務所顧問弁護士等を歴任。 1955年秋田県立角館高等学校卒業。1959年中央大学法学部卒業。1964年裁判官任官、仙台地方裁判所判事補。東京地方裁判所判事、司法研修所教官(民事裁判担当)、東京地方裁判所判事、最高裁判所事務総局民事局第一課長兼第三課長、東京地方裁判所部総括判事、司法研修所教官(第一部裁判官担当・民事)、最高裁判所上席調査官、東京地方裁判所所長代行等を経て、1996年新潟地方裁判所所長。
山谷 初男(やまや はつお、1933年〈昭和8年〉12月19… 山谷 初男(やまや はつお、1933年〈昭和8年〉12月19日 - 2019年〈令和元年〉10月31日)は、日本の俳優。本名:山谷 八男。旧芸名:山谷 初夫。舞プロモーションに所属。秋田県仙北郡角館町(現:仙北市)出身。秋田県立角館北高等学校(現:秋田県立角館高等学校)卒業。役者仲間からは「はっぽん」の愛称で親しまれた。 八か月の早産で産まれたことから、八男と名付けられたが、生死が危ぶまれていた中、奇跡的に生き続けたため、もう一つの名前として「初男」を与えられている。その「はつお」から「ハツ坊」「ハッポ」というあだ名がつけられた。 高校卒業後に画家を目指して上京。当初は中野の通信学校に入っていたが、昼は代々木の予備校、夜は阿佐ヶ谷の絵の学校にも通う。
高階 秀爾(たかしな しゅうじ、1932年2月5日 - 20… 高階 秀爾(たかしな しゅうじ、1932年2月5日 - 2024年10月17日)は、日本の美術史学者・美術評論家。位階は従三位。 東京大学文学部名誉教授。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。日本芸術院院長、公益財団法人西洋美術振興財団理事長、大原美術館館長などを務めた。秋田県立美術館顧問。 1932年、東京で生まれた。父は哲学者・高階順治で、母方の姓を継いで旧姓・佐々木を名乗った。東京高等師範学校附属小学校(現・筑波大学附属小学校)に入学し、のちに東大教授となる芳賀徹、平川祐弘、石井進、平田賢とは同じクラス(第1部)であり、波多野里望とはこの頃から仲良しであった。1944年に小学校を卒業し、東京高師附属中学(現・筑波大学附属中学校・高等学校)に入学。
斎藤 正三郎(さいとう しょうざぶろう、1931年 - )は… 斎藤 正三郎(さいとう しょうざぶろう、1931年 - )は、秋田県出身で産総研東北センター顧問・元東北大学工学部教授。
五井 孝蔵(ごい こうぞう、1925年4月15日 - 200… 五井 孝蔵(ごい こうぞう、1925年4月15日 - 2007年1月12日)は、秋田県出身のプロ野球選手(投手、内野手)。 旧制秋田県立角舘中學校から立教大学へ進学し、主将を務めた。リーグ通算13勝32敗。 1950年に創立された近鉄パールスへ入団。3月31日に対毎日オリオンズ戦でプロ入り初登板、5安打5与四球2奪三振の内容で完封勝利を挙げた。初登板完封勝利は日本プロ野球史上10人目、球団およびパ・リーグでは初めての記録となった。この年は37試合を投げて8勝15敗の成績だった。1951年9月16日の対阪急ブレーブス戦で、野口二郎からパ・リーグ史上初、日本プロ野球史上3人目の代打サヨナラ本塁打を放っている。
高橋 晄正(たかはし こうせい、1918年6月20日 - 2… 高橋 晄正(たかはし こうせい、1918年6月20日 - 2004年11月3日)は、日本の医師。 秋田県仙北郡西木村(現仙北市)生まれ。1936年(昭和11年)旧制秋田県立角舘中學校を卒業し1941年(昭和16年)東京帝國大學医学部を卒業する。その後物療内科に入局し増山元三郎に推計学を紹介される。 漢方医学(鍼、経絡など伝統中国医学全般)を研究し、1966年(昭和41年)『漢方の認識』(NHKブックス)を出版。その後 論文「西洋医学と東洋医学-科学論の立場から-」(『保健の科学』 37(1):4-、1995年(平成7年))や著作『漢方薬Q&A』(1990年、『漢方薬は危ない』、『漢方薬は効かない』などで伝統中国医学及び漢方薬(副作用)を批判した。
髙田 景次(たかだ けいじ、1916年〈大正5年』1月23日… 髙田 景次(たかだ けいじ、1916年〈大正5年』1月23日 - 2003年〈平成15年〉3月16日)は、日本のジャーナリスト、政治家。秋田魁新報社監査役や秋田市長(第15代)を務めた。秋田県大仙市(旧中仙町豊岡)出身。 豊岡村立豊岡尋常小学校、秋田県立角館中学校、山形高等学校を経て、1940年(昭和15年)東京帝国大学法学部法律学科を卒業。 戦後、1945年(昭和20年)秋田魁新報社に入り、政治経済部長、編集局長を経て、1959年(昭和34年)取締役となり、その後、監査役を務めた。 1973年(昭和48年)2月から1990年(平成2年)4月まで、連続5期秋田市長を務める。歴代市長の中で最長となる17年間の在任中、「公園都市秋田市をつくる条例」「秋田市文化振興条例」などの制定や市民の健康と体力づくり運動、秋田新都市の建設、広面や桜ニュータウンなどの東部、御野場・御所野の南部新拠点開発、仙台市道路愛称名にならった秋田市道路愛称名などの制定、都市景観賞など多方面にわたって功績を残すなど秋田市発展の基礎を築く。
椿千代(つばきちよ)は、日本の舞台女優、舞踏家。劇団わらび座… 椿千代(つばきちよ)は、日本の舞台女優、舞踏家。劇団わらび座所属。 ※ミュージカル「ブッダ」出演のため途中降板、蓮見のりこと交代。
円山和子(まるやま かずこ)は、秋田県中仙町(現:大仙市)出… 円山和子(まるやま かずこ)は、秋田県中仙町(現:大仙市)出身の演歌歌手。秋田県立角館南高等学校出身。MKプロモーションに所属。オーシャンパシフィック・ホリデー業務提携。 1989年、民謡から演歌に転身。「ドンパン節だよおらがの里は」「角館ワルツ」でデビュー。股旅演歌をメインに歌っている。円山和子で活動する前は「萩ゆう子」、「和泉ゆう子」として活動していた。 2005年に日本クラウンからコロムビアレコードへ移籍し「大親分/蛍舞」を全国発売。