日立龍 栄一(ひたちりゅう えいいち、1969年10月19日… 日立龍 栄一(ひたちりゅう えいいち、1969年10月19日 - )は、茨城県日立市出身で押尾川部屋所属の元大相撲力士。本名は脇坂 栄一(わきさか えいいち)。身長180cm、体重133kg。得意手は右四つ、寄り、蹴手繰り。最高位は東前頭14枚目(1993年3月場所)。 日立市立多賀中学校時代は相撲部に所属し、3年生の時に団体戦において茨城県大会で優勝して全国中学校相撲選手権大会に出場した。 中学校の1年先輩に大至がおり、その縁で中学校を卒業すると押尾川部屋に入門し、1985年(昭和60年)3月場所で初土俵を踏んだ。四股名の日立龍は、出身地の日立市と中学校の大先輩である兄弟子の多賀竜に因んでいる。
大至 伸行(だいし のぶゆき、1968年8月23日 - )は… 大至 伸行(だいし のぶゆき、1968年8月23日 - )は、茨城県日立市出身で押尾川部屋に所属した元大相撲力士。本名は高野 伸行。最高位は東前頭3枚目(1996年7月場所)。力士時代の体格は182cm、172 kg。得意手は突き、押し、右四つ、寄り。現在は相撲甚句はもとよりライブ、ミュージカルまでこなすマルチ歌手として活動中、血液型はB型、星座は乙女座。浅井企画に所属していたが2023年4月30日に退社し、「チーム大至」という歌手としての活動を支えるグループを組み、精力的に活動を展開している。2023年4月29日には、東京オペラシティ・リサイタルホールにて自身初のリサイタルを行い好評を博した。
多賀竜 昇司(たがりゅう しょうじ、1958年(昭和33年)… 多賀竜 昇司(たがりゅう しょうじ、1958年(昭和33年)2月15日 - )は、茨城県日立市出身(本籍地は北茨城市)で鏡山部屋に所属した元大相撲力士。本名は黒谷 昇(くろたに のぼる)。最高位は西関脇(1983年(昭和58年)11月場所)。現役時代の体格は178cm、139kg。得意手は右四つ、寄り、上手出し投げ。 現在は、年寄・鏡山として追手風部屋に所属。 日立市立成沢小学校時代はあまりにも元気がありすぎて、5年生の時にサッカーのゴールポストで逆上がりしてポストごと倒れ、顔に17針も縫う傷を負ったこともあるという。 日立市立多賀中学校では野球部に所属し、捕手でキャプテンを務めた。野球の腕を買われて東洋大学附属牛久高等学校への入学が一旦決定したが、経済的な事情で断念。
松光 正文(まつひかり まさふみ、1943年4月11日-没年… 松光 正文(まつひかり まさふみ、1943年4月11日-没年不明)は、茨城県日立市出身で若松部屋に所属した元大相撲力士。本名は黒澤 政文(くろさわ まさふみ)。172cm、111kg。最高位は東十両10枚目。得意技は左四つ、押し。 日立市立多賀中学校ではサッカー部に所属して主将を務めたが、相撲も好きだったのでどちらを取るか考えた結果、相撲を取り、自分で部屋に手紙を書いて入門を願った。当初は同郷の大関・大内山がいる時津風部屋に入門しようと考えたが、大部屋であったので自分の実力でやっていけるか不安だったので、小さくても関取がいる若松部屋なら活躍できるだろうと踏んで入門を決意した。1959年5月場所に初土俵、1964年5月場所に十両昇進。