入江 大生(いりえ たいせい、1998年8月26日 - )は… 入江 大生(いりえ たいせい、1998年8月26日 - )は、栃木県日光市(旧 今市市)出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 小学3年生のときに軟式野球チームの今市レイダースに入り投手を始める。日光市立今市中学校在学時に県央宇都宮ボーイズに所属。3年夏には投手兼外野手で全国大会ベスト8。 中学卒業後は作新学院高等学校に入学。今井達也と同学年のチームメイトになる。1年秋からベンチ入り。2年夏には夏の甲子園大会に背番号「11」としてメンバー入りし、3回戦九州国際大付戦で1イニングを無失点に抑える。3年夏には第98回全国高等学校野球選手権大会に一塁手、打順は3番もしくは4番として出場。
佐藤 祥万(さとう しょうま、1989年8月18日 - )は… 佐藤 祥万(さとう しょうま、1989年8月18日 - )は、栃木県日光市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 小学3年生の時に少年野球の所野ブラックパンサーズで野球を始める。最初は外野手だったが、監督に出した年賀状にピッチャーをやりたいと書いて、以来ポジションは投手一筋。日光東中では軟式野球部に所属し、4番打者兼投手として栃木県大会に出場。進学した文星芸大附高校では1年生の夏季県大会からベンチ入り。 2年次の夏季県大会では背番号10の2番手投手として出場。4回戦では宇都宮清陵を相手に5回参考記録ながら完全試合を達成。チームを甲子園出場に導いた。第88回全国高等学校野球選手権大会では初戦でダース・ローマシュ匡、上田剛史を擁する関西に逆転勝ち。
鈴木 康博(すずき やすひろ、1969年2月21日 - )は… 鈴木 康博(すずき やすひろ、1969年2月21日 - )は、栃木県日光市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。 小学3年で野球を始め、日光市立東中学校では県大会に出場。日光高では2年夏にレギュラーとなり、3年夏は1番を打つ傍ら投手も務め、公式戦でも登板した。県予選では4回戦まで進出したが、甲子園出場はかなわなかった。 1986年のプロ野球ドラフト会議でヤクルトスワローズから6位指名を受け入団。 1989年はマイナーリーグA級のサリナス・スパーズ(英語版)に野球留学した。1992年8月、イースタン・リーグの対ロッテ戦で2試合連続本塁打を打ったが、一軍出場のないまま1993年限りで現役を引退した。
高山 勲(たかやま いさお、1942年4月8日 - 1978… 高山 勲(たかやま いさお、1942年4月8日 - 1978年3月21日)は、栃木県出身のプロ野球選手。ポジションは投手、二塁手、外野手。 宇都宮学園高等学校(現・文星芸術大学附属高等学校)在学中は、作新学院の加藤斌(のち中日。現役中に交通事故死)と共に栃木県を代表する投手と言われた。甲子園出場はなかったが、高校卒業後は社会人野球の東黎工業に入社し、1962年の日本産業対抗野球大会に出場した。宇都宮学園,東黎工業時代のチームメイトに石田二宣(のち毎日大映,東京,ロッテオリオンズ)がいる。 1963年に大洋ホエールズに入団。当時の大洋の投手層は厚く、なかなか一軍出場の機会に恵まれなかったが、1964年4月25日の中日戦(中日球場)で一軍デビューを果たした。