中川 仁士(なかがわ ひとし、1949年5月15日 - )は… 中川 仁士(なかがわ ひとし、1949年5月15日 - )は、日本の元プロボクサー。栃木県真岡市出身。元日本ジュニアミドル級王者。帝拳宇都宮ジム所属。 サッカーからボクシングへ転向。1969年プロデビュー。 1970年12月、東日本ウェルター級新人王を獲得。全日本では後の東洋王者羽草勉に敗れたが、堀畑道弘、龍反町ら強豪と対戦した。1973年9月26日、加島雷三を4回KO勝ちし、日本ジュニアミドル級王座を獲得した。 1974年5月10日、初防衛戦で技巧派柴田賢治に判定負けを喫し、王座から陥落した。同年6月23日、東洋ミドル級王座を狙って王者柳済斗に挑んだが失敗に終わった。 1974年9月5日の試合を最後に引退した。
中村 剛(なかむら たけし、1943年3月18日 - )は、… 中村 剛(なかむら たけし、1943年3月18日 - )は、日本の元プロボクサー、実業家。栃木県真岡市出身。元OBF東洋フライ級チャンピオン。 1959年にデビュー。 1963年6月7日、ノンタイトルでOBF東洋フライ級王者チャチャイ・ラエムファバー(チャチャイ・チオノイ)を破る金星を挙げる。同年7月7日、チャチャイのOBF東洋王座に挑み、体格に勝るチャチャイにインファイトを仕掛けて巧みに左右フックをヒット、僅差の判定勝ちでタイトルを獲得した。弱冠20歳であった。 その後は粘り強いファイトを身上に、約6年の在位期間で10度の防衛に成功した。その中には後に世界チャンピオンとなるエルビト・サラバリア、バーナベ・ビラカンポら強豪も含まれる。
堀口 宏(ほりぐち ひろし、1928年5月30日 - 没年不… 堀口 宏(ほりぐち ひろし、1928年5月30日 - 没年不明)は、日本のプロボクサー。栃木県真岡市出身。元日本バンタム級王者。 ピストン堀口は実兄。 通算戦績 101戦82勝(24KO)11敗6分2無効試合 この項目は、ボクシング関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJボクシング/PJキックボクシング)。
ピストン堀口(ピストンほりぐち、1914年(大正3年)10月… ピストン堀口(ピストンほりぐち、1914年(大正3年)10月7日 - 1950年(昭和25年)10月24日)は、日本のプロボクサー。本名:堀口 恒男(ほりぐち つねお)。栃木県真岡市出身。昭和初期における日本ボクシング界の象徴的存在で「拳聖」と呼ばれた。元日本フェザー級・東洋フェザー級および日本ミドル級王者。次兄から順に、基治、宏(元日本バンタム級チャンピオンの堀口宏)、喬久という堀口4兄弟(いずれもプロボクサー)の長兄。孫は元ボクサーの堀口昌彰で、日本ライト級2位に格付けされていた。現在はピストン堀口道場の指導者を務める。 「ピストン堀口」の呼称は正式なリングネームではなく、あくまで本名の堀口恒男が正式なリングネームなのだが、いつの頃からか「ピストン・堀口恒男」との異名が新聞記事などで使われるようになり、一般に「ピストン堀口」の呼称が定着してしまった。