坂村 哲也(さかむら てつや、1979年12月19日 - )… 坂村 哲也(さかむら てつや、1979年12月19日 - )は、日本の政治家。栃木県下野市長(1期)、元下野市議会議員(2期)。 栃木県下野市出身。聖学院大学卒業後、イギリスへの留学を経て聖学院大の事務職員として17年間勤務する。父・和夫はテーラーの2代目店主として勤める傍ら、下野市議も務めた人物であったが、2013年に急逝する。哲也は2018年の下野市議選で父の遺志を継ぐとして立候補し、選挙戦の結果初当選した。また、2019年には父の急逝以降閉業していたテーラー坂村を復活させた。2022年4月の市議選ではトップ当選した。 2022年5月31日、同年7月に予定される下野市長選挙に、広瀬寿雄市政の継承を掲げて立候補すると表明。
小平 久雄(こだいら ひさお、1910年2月22日 - 19… 小平 久雄(こだいら ひさお、1910年2月22日 - 1998年8月12日)は、日本の政治家。位階は正三位。総理府総務長官・労働大臣・衆議院副議長。栃木県小山市名誉市民(1982年)。 栃木県下都賀郡石橋町(現下野市)に、初の公選栃木県知事を務めた小平重吉の長男として生まれる。1927年、旧制栃木県立栃木中学校を卒業。1934年、東京商科大学(のち一橋大学)を卒業後、三井鉱山勤務を経て、1939年に家業である「小平重工業」(のち小平産業)の常務取締役に就任。ほかグループ企業各社の役員を務める。 1947年、第23回衆議院議員総選挙に民主党から旧栃木2区にて立候補し当選(当選同期に田中角栄・鈴木善幸・中曽根康弘・増田甲子七・中山マサ・倉石忠雄・荒木万寿夫・松野頼三・石田博英・園田直・原田憲・櫻内義雄・根本龍太郎・佐々木秀世・中村寅太など)。
田村 賢作(たむら けんさく、1904年7月5日 - 198… 田村 賢作(たむら けんさく、1904年7月5日 - 1989年1月11日)は、日本の政治家。参議院議員(1期)。 栃木県下都賀郡国分寺町(現下野市)出身。栃木師範学校を卒業。小学校教員を経て、国民学校校長や県視学官などを歴任。1951年(昭和26年)から栃木県議会議員を4期務める。この間、1959年(昭和34年)5月から1960年(昭和35年)9月まで県議会副議長を、1964年(昭和39年)2月から1965年(昭和40年)3月まで県議会議長を務めた。1965年の第7回参議院議員通常選挙で栃木県選挙区から立候補して当選。参議院議員は1期務め、第2次佐藤第1次改造内閣では行政管理政務次官を務めている。
小平 重吉(こだいら じゅうきち、1886年9月10日 - … 小平 重吉(こだいら じゅうきち、1886年9月10日 - 1960年4月3日)は、栃木県出身の日本の政治家、実業家。 1886年(明治19年)9月10日、栃木県下都賀郡石橋町(現下野市)に生まれる。栃木県立宇都宮農学校(のち栃木県立宇都宮農業高等学校、現在の栃木県立宇都宮白楊高等学校)卒業、明治大学予科を中退。1927年(昭和2年)の栃木県会議員選に立候補し当選し3期務める。1930年からは6年間は石橋町長も兼任した。 1937年(昭和12年)には第20回衆議院議員総選挙に立候補し当選。1942年(昭和17年)の第21回衆議院議員総選挙(翼賛選挙)では推薦に漏れ落選した。1947年(昭和22年)4月に初代公選栃木県知事に当選。
中山 丹治郎(なかやま たんじろう、1853年(嘉永6年1月… 中山 丹治郎(なかやま たんじろう、1853年(嘉永6年1月)- 1900年(明治33年)12月4日)は、明治期の弁護士、政治家。衆議院議員、栃木県会議長、宇都宮市会議長。 下野国都賀郡、のちの栃木県下都賀郡石橋町(現下野市)で、松兵衛の長男として生まれる。法律学を修めた。17歳で家督を相続し、戸長、土地実地測量委員などを務めた。1879年(明治12年)代言人(弁護士)免許状を取得し、宇都宮江野町で開業した。 自由民権運動に加わり、新井章吾、塩田奥造らと国会開設運動、反三島闘争などを進めた。1884年(明治17年)加波山事件では関係者として一時拘引されたが、釈放後、容疑者の弁護人となった。1887年(明治20年)条約改正反対運動に加わり、保安条例違反で皇居三里外に退去を命じられた。