湯浅 大(ゆあさ だい、2000年1月24日 - )は、群馬… 湯浅 大(ゆあさ だい、2000年1月24日 - )は、群馬県富岡市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 丹生小学校2年で軟式野球を始め、富岡西中学校では富岡ボーイズに所属した。 健大高崎高校進学後は、1年夏の予選から控えメンバー入りし、秋には遊撃手のレギュラーに定着。2年秋からはリードオフマン兼主将を務め、2017年春のセンバツに出場を決めていたが、直前の2月中旬に右手首舟状骨を骨折し手術したため、センバツには代走・守備固めでの出場となった。3年夏の群馬県大会には復帰して主に7番として出場。決勝で前橋育英高校に敗れ、準優勝に終わる。1学年後輩に、後に巨人でチームメイトとなる山下航汰がいる。
長坂 拳弥(ながさか けんや、1994年4月28日 - )は… 長坂 拳弥(ながさか けんや、1994年4月28日 - )は、群馬県富岡市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。阪神タイガース所属。 日本プロ野球の(一軍)公式戦史上初めて、「2年越しの2打席連続本塁打」という記録を2019年と2020年に達成している。 富岡市立丹生小学校4年時から「丹生ボーイズ」で野球を始めると、富岡市立西中学校在学中には、校内の軟式野球部に所属していた。 中学校からの卒業後に、群馬県内の高崎健康福祉大学高崎高等学校(健大高崎高校)へ進学。1年時の秋から正捕手に定着すると、2年時の夏に第93回全国高等学校野球選手権大会、3年時には春の第84回選抜高等学校野球大会で阪神甲子園球場の土を踏んだ。
小林 太志(こばやし ふとし、1983年5月11日 - )は… 小林 太志(こばやし ふとし、1983年5月11日 - )は、群馬県富岡市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 現役時代の愛称は「ハマのエクスプレス」。 中学時代は軟式野球をし、高校入学時に大学で野球をしたいと思い、野球部監督が立教大学OBの群馬県立富岡高等学校へ進学した。在籍時には最速144 kmのストレートで注目されたが、初戦敗退を喫する。 一般入試で進学した立教大学ではエースとして東京六大学野球リーグで活躍し、リーグ戦通算10勝を挙げた。大学3年時に埼玉西武ライオンズのスカウトが注目するも指名はされなかった。 大学卒業後の2006年にJR東日本に入社。堀井哲也監督の指導のもと、JR東日本硬式野球部で1年目からチーム投手陣の主軸に抜擢され、第77回都市対抗野球では2試合に先発、シダックスから補強された森福允彦らと共にチームのベスト4入りに貢献した。
新井 潔(あらい きよし、1969年4月11日 - )は、群… 新井 潔(あらい きよし、1969年4月11日 - )は、群馬県富岡市出身の元プロ野球選手(内野手)。 富岡市小野中出身。東農大二高では投手から遊撃手へ転向。エース・忰田幸也を擁して2年秋の群馬県大会で優勝。卒業後は本田技研に入社。5番サードに座った。2年目の都市対抗野球では4番指名打者、翌年は補強選手で出場。1990年度のプロ野球ドラフト会議でヤクルトスワローズから4位指名を受け、入団。社会人では田村勤、西俊児と同僚であった。 1992年はマイナーリーグA級のサリナス・スパーズ(英語版)に野球留学した。 遊撃手には池山隆寛がいて、主として二塁、三塁を守ったが、内外野ともに守れるユーティリティープレーヤーであった。
清水 信明(しみず のぶあき、1963年1月28日 - )は… 清水 信明(しみず のぶあき、1963年1月28日 - )は、群馬県富岡市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。 東農大二高では高仁秀治とバッテリーを組む、1年秋の県大会は前橋工の小川博と対するも敗れて準優勝。2年春は関東大会1回戦で愛甲猛が先発した横浜高と延長12回の末に敗れた。夏は県大会ベスト4。2年秋は県大会準決勝で再度、前橋工を相手に延長17回の末に勝利して優勝すると関東大会も制して3年春に選抜高校野球出場。3年夏は県大会準決勝で前橋工の小川博に完封負け。1980年のプロ野球ドラフト会議で日本ハムファイターズから4位指名を受け入団。 1986年イースタン・リーグで9打席連続安打を記録した。
広木 政人(ひろき まさと、1960年1月7日 - )は、群… 広木 政人(ひろき まさと、1960年1月7日 - )は、群馬県出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 群馬・富岡高では、エースとして1977年春季関東大会準々決勝に進出するが、駒崎幸一のいた川口工に敗れる。同年夏は県予選を勝ち抜き、北関東大会準決勝に進むが甲府商に敗退、甲子園には出場できなかった。 同年のドラフト3位でロッテに入団。本格派右腕と期待され、ルーキーながら1978年5月に初登板。同年6月には初先発も果たすが、結果を残せず、翌年以降は登板の機会がなかった。1984年限りで現役引退。カーブ、シュートを武器とした。引退後は建設会社の広木工業に入社。