高橋 昂也(たかはし こうや、1998年9月27日 - )は… 高橋 昂也(たかはし こうや、1998年9月27日 - )は、埼玉県久喜市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。広島東洋カープ所属。 小学校3年次より野球を始めると、久喜市立栗橋東中学校時代に久喜シニアへ所属。中学3年時の春に、関東大会へ出場した。 花咲徳栄高等学校への進学後は、1年秋からのベンチ入りを経て、2年時から2年連続で夏の全国高等学校野球選手権本大会に出場。2年時の秋季埼玉県大会では3回戦で早大本庄高校打線から19奪三振、3年夏の選手権埼玉大会では決勝までの6試合で52奪三振を記録した。さらに、3年夏の選手権本大会終了後には、第11回 BFA U-18アジア選手権大会の日本代表に選出。
大竹 秀義(おおたけ ひでよし、1988年7月26日 - )… 大竹 秀義(おおたけ ひでよし、1988年7月26日 - )は、埼玉県久喜市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 春日部共栄高等学校時代は2年の夏に第87回全国高等学校野球選手権大会に出場。高校卒業後は國學院大學に進学。 國學院大では登板のないまま、2年の冬にベースボール・チャレンジ・リーグのトライアウトを受験。2008年のBCリーグドラフトで信濃グランセローズから指名され入団。 2009年は30試合に登板し1勝3敗1セーブ、防御率3.89だった。 2010年は右肘の手術を行い治療に専念するため、4月9日に任意引退が発表された。 2011年1月に練習生契約で信濃に復帰し、7月29日に信濃と「秀義」の登録名で再契約した。
西谷 尚徳(にしたに ひさのり、1982年5月6日 - )は… 西谷 尚徳(にしたに ひさのり、1982年5月6日 - )は、埼玉県久喜市出身の元プロ野球選手(内野手)。現在は立正大学法学部特任専任講師。
高柳 出己(たかやなぎ いずみ、1964年6月2日 - )は… 高柳 出己(たかやなぎ いずみ、1964年6月2日 - )は、埼玉県久喜市出身の元プロ野球選手(投手)。1996年の登録名は髙柳 出己(読み同じ)で、引退後も日本プロ野球OBクラブなど一部活動では「髙柳」表記を用いている。 野球を始めたのは中学校の頃からで小学校時代は剣道をやっていた。後にこの剣道の経験がけん制やフィールディングに役立ったという。久喜市立久喜南中学校卒業後、春日部工高に進学するも、高校時代は登板機会に恵まれなかった。2年秋に関東大会初戦で先発するも敗退。1年先輩には、当時投手だった古川慎一がいる。 高校卒業後は、明治大学のセレクションを受け合格していたものの、社会人野球の日本通運に入社。
柚木 秀夫(ゆき ひでお、1951年12月18日 - )は、… 柚木 秀夫(ゆき ひでお、1951年12月18日 - )は、埼玉県出身の元プロ野球選手(投手)。 中学時代から投手として活躍。中学時代の実績を評価して誘いのあった前橋工業高に進学する。高校時代は1968年、2年の時に控え投手として夏の甲子園に出場。2回戦(初戦)で智辯学園高に敗退するが、リリーフ投手として登板した。3年の夏は北関東大会準決勝に進出するが、宇都宮学園高に敗れる。高校同期に佐野仙好三塁手、片貝義明捕手がいた。 高校卒業後は、社会人野球の電電東京に入団。スリークォーターからのストレートに威力があり、コントロールもよかったことから、南海ホークスがスカウトし1970年オフにドラフト外で入団した。
新井 良夫(あらい よしお、1950年7月17日 - )は、… 新井 良夫(あらい よしお、1950年7月17日 - )は、埼玉県出身の元プロ野球選手。旧名は良雄、打撃投手になってからは、新井 統雄(あらい つねお)に改名している。 大宮高校(埼玉)では2年生時の1967年、右翼手として金子勝美・吉田誠・鈴木治彦らと共に第49回全国高等学校野球選手権大会に出場する。初戦で報徳学園高校と対決。豪快な本塁打を放ち9回裏2死までリードするが、ここから反撃を許し、大会史上初の本盗による逆転サヨナラ負けを喫した。しかし秋の埼玉国体では勝ち進み、決勝で大分商を降し優勝。翌1968年夏はエース、四番打者としてチームを牽引。埼玉大会準決勝では飯能高を相手にノーヒットノーランを記録。