福田 史織(ふくだ しおり、2002年6月13日 - )は、… 福田 史織(ふくだ しおり、2002年6月13日 - )は、埼玉県三郷市出身の女子サッカー選手。RB大宮アルディージャWOMEN所属。ポジションはゴールキーパー。 浦和レッズレディース・ユースに所属していた2020年にトップチームでデビュー。 2021年にユースチームからトップチームに昇格した。 2025年6月11日、RB大宮アルディージャWOMENへの期限付き移籍(2026年6月30日まで)が発表された。 2018年10月に、U-17女子ワールドカップに臨むU-17日本代表に選出された。大会では出場機会は無かった。 2022年7月に、U-20女子ワールドカップに臨むU-20日本代表に選出された。
熊坂 光希(くまさか こうき、2001年4月15日 - )は… 熊坂 光希(くまさか こうき、2001年4月15日 - )は、埼玉県三郷市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・柏レイソル所属。ポジションはミッドフィールダー(セントラルミッドフィールダー)。元日本代表。 中学生時代から柏レイソルのアカデミーに所属。U-18昇格後は高校2年時に右膝半月板を損傷した影響もあり、Aチームの試合に絡む機会はほとんどなく、高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグ EASTの出場は1試合のみに留まった。 高校卒業後は東京国際大学へ進学し、ボランチとしてプレー。4年時には関東大学サッカーリーグ戦1部・ベストイレブンに選出された。 2023年7月20日、2024シーズンからの柏レイソルへの加入が内定したことが発表された。
榊原 彗悟(さかきばら けいご、2000年10月9日 - )… 榊原 彗悟(さかきばら けいご、2000年10月9日 - )は、埼玉県三郷市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・大分トリニータ所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 横浜F・マリノスユース時代の2018年のJユースカップで横浜FMユースの8年ぶり優勝に貢献し、榊原は大会MVPを獲得した。しかしトップチーム昇格は叶わなかったため、進路未定だった。 2019年4月にJFLのラインメール青森に加入。 2022年、横浜FMに完全移籍。同年は横浜FMからの期限付き移籍という形で青森で引き続きプレーした。 2023年、横浜FMに復帰。同年4月5日、JリーグYBCルヴァンカップのグループステージ第3節・ホーム札幌戦に途中出場し、横浜FMでの公式戦初出場を果たす。
山﨑 正登(やまざき まさと、1990年5月12日 - )は… 山﨑 正登(やまざき まさと、1990年5月12日 - )は、埼玉県三郷市出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 柏レイソルの下部組織出身。2009年にトップチームに昇格した。3月25日のヤマザキナビスコカップ、FC東京戦に途中出場し、公式戦プロデビュー、10月17日のJ1第29節(FC東京戦)でJリーグ初出場を果たした。翌2010年12月4日のザスパ草津戦でJリーグ初ゴールを決めた。 2011年7月、ファジアーノ岡山へ期限付き移籍。2012年、FC岐阜へ期限付き移籍し、2013年より完全移籍した。シーズン終了後、契約満了により退団。 2014年、横浜スポーツ&カルチャークラブへ移籍。
酒井 友之(さかい ともゆき、1979年6月29日 - )は… 酒井 友之(さかい ともゆき、1979年6月29日 - )は、埼玉県三郷市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー(ボランチ、右サイドハーフ)。元日本代表。 埼玉県三郷市で生まれ、小学2年生のときに東京都練馬区に転居。小学1年生のときにサッカーを始め、中学年代からはジェフユナイテッド市原のアカデミーに所属。1997年5月3日のJリーグ第6節清水エスパルス戦にてJリーグ初出場、同年5月7日のサンフレッチェ広島戦で初ゴールを記録。同年は高校生ながら18試合に出場して2ゴールの成績を残す。 2000年まで在籍した市原では毎年のように残留争いに巻き込まれ、より上位のチームでプレーしたいという希望から2001年に名古屋グランパスエイトに移籍。
吉田 達磨(よしだ たつま、1974年6月9日 - )は、埼… 吉田 達磨(よしだ たつま、1974年6月9日 - )は、埼玉県出身のサッカー指導者、元サッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー(MF)。京都サンガF.C.ヘッドコーチ。 中学時代は日立製作所のジュニアユースに所属。東海大学付属浦安高校を経て、1993年に日立の後身でもある柏レイソルに入団。1997年に京都パープルサンガ(現:京都サンガF.C.)、1999年にモンテディオ山形に移籍。山形在籍時の1999年11月21日に行われたJ2第36節(最終節)・大分トリニータ戦(大分陸)ではアディショナルタイムに大分のJ1昇格の夢を打ち砕くフリーキックを決めた。 2001年末をもって山形から戦力外通告を受ける。