早坂 響(はやさか おと、2005年7月26日 - )は、千… 早坂 響(はやさか おと、2005年7月26日 - )は、千葉県松戸市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。 松戸市立東部小学校1年生のときに『高塚新田ラークス』で野球を始め、遊撃手と中堅手を守った。松戸市立第五中学校では軟式野球部に所属し、守備位置は一塁手と捕手であった。 千葉県立幕張総合高等学校では1年秋から控え捕手としてベンチ入りし、2年夏は背番号12の控え捕手であった。2年秋は正捕手で背番号2を付けたが、県大会敗退後に柳田大輔監督はチームの変革に着手し、投手の頭数が少なかった事情から「賭けでした」と早坂に投手転向を提案。11月に投手へ転向し、投手育成に定評のあるスポーツトレーナー北川雄介の指導を仰ぐと、当初135km/hであった球速は一冬を越した時点で150km/hを超えた。
奥田 健誠(おくだ けんせい、2000年6月8日 - )は、… 奥田 健誠(おくだ けんせい、2000年6月8日 - )は、千葉県松戸市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。 中学時には松戸リトルシニアに在籍。千葉県立幕張総合高等学校を卒業後、首都大学野球連盟2部リーグに所属する東京経済大学へ進学。4年次には副主将を務めた。秋季リーグ戦では主に中継ぎ投手として活躍。 2022年11月18日に行われた日本海オセアンリーグドラフト会議2022においてYKSホワイトキングスに入団するリーグ合格者として指名を受け、入団した。背番号は19。 2023年シーズンは中継ぎとして20試合に登板。シーズン途中に行われたNPBの二軍との交流戦ではリーグ選抜メンバーに複数回選出された。
渡邉 大樹(わたなべ だいき、1997年6月7日 - )は、… 渡邉 大樹(わたなべ だいき、1997年6月7日 - )は、千葉県松戸市出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。右投右打。 小学生時代は千葉県松戸市の小金原ビクトリーで野球を始める。 中学生時代は千葉県の硬式クラブチームの松戸リトルシニアに所属。自らの代ではキャプテンを務める。 中学3年時に200メートル走で全国大会に出ている。 専修大学松戸高等学校では1年秋から遊撃手のレギュラーに定着。3年夏に第97回全国高等学校野球選手権大会に出場し、1回戦の花巻東戦では2安打を放つも、チームは敗退。自身が最後の打者だった。高校通算17本塁打。チームメイトに原嵩がいた。 2015年10月22日に行われた2015年ドラフト会議で、東京ヤクルトスワローズから6位指名を受け、11月19日に契約金2500万円、年俸500万円で合意し、12月11日に新入団選手発表が行われた。
高橋 礼(たかはし れい、1995年11月2日 - )は、千… 高橋 礼(たかはし れい、1995年11月2日 - )は、千葉県松戸市出身のプロ野球選手 (投手・育成選手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 母親の影響で小学1年時にソフトボールを始め、その後、松戸中央ボーイズで硬式野球を始める。中学3年時にチームのコーチに勧められ、上手投げから下手投げに転向。 専大松戸高では3年春に県大会準優勝で、関東大会ベスト8。夏は県大会準決勝で木更津総合高に延長13回サヨナラ負け。高校の2学年先輩に上沢直之、2学年後輩に原嵩と渡邉大樹がいた。 専修大へ進学し、当時身長187cmのアンダースローとして1年時から活躍。2年春には東都大学野球で52季ぶりの優勝に貢献、大学選手権初戦でも救援で5回を投げて勝利投手。
上沢 直之(うわさわ なおゆき、1994年2月6日 - )は… 上沢 直之(うわさわ なおゆき、1994年2月6日 - )は、千葉県松戸市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 幼少期はサッカーに興じていた。松戸市立第一中学校に入学すると野球部に入部したが、それほど強いチームではなく、全国的にも無名な選手だった。 専大松戸高校進学後は1年からベンチ入りを果たし、エースとなった2年春の千葉県大会では2回戦で春の選抜に出場した東海大望洋と激突。先発した上沢は7回12奪三振の好投、打線も爆発してコールド勝ちを収め、その後チームはベスト8に進出し、投打ともに総合力が高い専大松戸ナインに注目が集まるようになった。2年夏は甲子園出場こそ逃すも県ベスト4入り、2年秋の千葉県大会でもベスト4に入った。
涌井 秀章(わくい ひであき、1986年6月21日 - )は… 涌井 秀章(わくい ひであき、1986年6月21日 - )は、千葉県松戸市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 NPB史上唯一の3球団での最多勝利受賞者。 妻はモデルの押切もえ。 松戸市立寒風台小学校時代はソフトボールをしており(寒風台ソフトボールチーム、現わかばソフトボールに所属)、野球は松戸市立第六中学校に進学後のシニアリーグ(松戸リトルシニア)で始めた。その後横浜高等学校に進学。 高校入学時から松坂大輔二世と呼ばれていた。高校2年春に第75回選抜高等学校野球大会に1学年上のエース成瀬善久、荒波翔、同級生の石川雄洋、村田浩明らと共に出場。準決勝までは成瀬の中継ぎとして登板。
関根 裕之(せきね ひろゆき、1971年12月9日 - )は… 関根 裕之(せきね ひろゆき、1971年12月9日 - )は、千葉県松戸市出身の元プロ野球選手(投手、右投右打)・コーチ。2010年から2011年までは北海道日本ハムファイターズの二軍投手コーチ、2012年からはチームスタッフ(プロスカウト)を務める。 小学2年の時に野球を始め、当時は内野手だった。中学時代に投手へ転向した。岩倉高校では3年次の1989年夏の都大会決勝でエース吉岡雄二擁して全国制覇した帝京高校に敗れ準優勝。1990年、東北福祉大学に進学。同大学では2年上に斎藤隆、金本知憲らがいた。2年生になると同期三野勝大より先に頭角を現し、上級生になると日米大学野球にも出場。大学では1年下の和田一浩とバッテリーを組んだ。
筒井 孝(つつい たかし、1969年1月25日 - )は、千… 筒井 孝(つつい たかし、1969年1月25日 - )は、千葉県松戸市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。2006年よりフリーのプロゴルファーとして活躍している。 松戸馬橋高から、1986年のプロ野球ドラフト会議で日本ハムファイターズから2位指名を受け入団。 一軍出場のないまま、1991年で現役を引退。入団当時から飛ばすことにかけてはチームでも指折りだったが、二軍通算打率.208と確実性に欠けた。
服部 裕昭(はっとり ひろあき、1967年7月30日 - )… 服部 裕昭(はっとり ひろあき、1967年7月30日 - )は、千葉県松戸市出身の元プロ野球選手(投手)。左投げ左打ち。 1985年春の県大会で1試合17奪三振を記録。この大会では1試合平均10奪三振をマークした。また16試合被本塁打なしという記録を打ち立てている。 1985年のプロ野球ドラフト会議で阪神タイガースから3位指名を受け入団。貴重な左投手として毎年期待されていた。 プロ4年目の1989年に一軍初登板を果たすが、その後も登板機会は少なく一軍未勝利のまま1996年限りで現役を引退。 引退後は、阪神に残り2006年まで打撃投手を務めた。1999年の春季キャンプでは、現役復帰を打診されたことがある。
和田 豊(わだ ゆたか、1962年9月2日 - )は、千葉県… 和田 豊(わだ ゆたか、1962年9月2日 - )は、千葉県松戸市出身の元プロ野球選手(内野手、右投右打)、プロ野球コーチ。 阪神タイガース監督退任後は、阪神球団オーナー付シニアアドバイザーを経て、2017年11月1日から球団本部付テクニカルアドバイザー(TA)、一軍・二軍打撃巡回コーディネーターを務め、2026年より一軍ヘッドコーチに就任する。 1985年に阪神へ入団してから、阪神一筋フランチャイズ・プレイヤーとして他球団へ移籍することなく2001年まで現役生活を送った。 現役引退後は、一軍・二軍でのコーチを経て、2012年から2015年まで一軍の監督を歴任。阪神において、選手・コーチ・監督時代を通じて、31シーズン連続で現場で従事した人物は、和田が初めてである。