笠原 直希(かさはら なおき、2006年4月14日 - )は… 笠原 直希(かさはら なおき、2006年4月14日 - )は、日本の男性シュートボクサー。東京都台東区出身。第14代SB日本スーパーバンタム級王者。シーザージム所属。同じくシュートボクサーの笠原弘希、笠原友希は実兄。 笠原3兄弟の三男で、兄たちと同じく幼いころからシーザージムに通い格闘技に親しむ。アマチュアではSB全国大会-45kg級で優勝経験を持つ。 2022年4月2日、RISE ELDORADO 2022にてプロデビュー。那須川龍心と対戦し、0-3の判定で敗れた。 2024年6月2日、SUK WAN KINGTHONG decisive battleにてスック・ワンキントーンスーパーバンタム級次期挑戦者決定戦を行い、SHUと対戦。
笠原 友希(かさはら ゆうき、2001年6月3日 - )は、… 笠原 友希(かさはら ゆうき、2001年6月3日 - )は、日本の男性シュートボクサー。東京都台東区出身。現SB日本スーパーフェザー級王者。第5代SB日本フェザー級王者。シーザージム所属。長い手足を活かした格闘スタイル。 兄はシュートボクサーの笠原弘希。弟はシュートボクサーの笠原直希。 8歳からシュートボクシングのジムに通い始め、アマチュアで50戦ほど試合をこなす。2017年にプロに転身。 2017年4月8日、SHOOT BOXING2017 act.2でプロデビュー戦を行い、相手選手の左腕脱臼によるドクターストップによりTKO勝ちを収めた。 2018年11月18日、SHOOT BOXING S-cup 65kg 世界 TOURNAMENT 2018で行われた、SB日本スーパーバンタム級王座決定トーナメントの決勝戦で植山征紀と対戦し、TKO負けを喫した。
笠原 弘希(かさはら ひろき、1999年8月10日 - )は… 笠原 弘希(かさはら ひろき、1999年8月10日 - )は、日本の男子シュートボクサー。東京都台東区出身。シーザージム所属。第4代SB日本フェザー級王者。第15代SB日本スーパーフェザー級王者。第3代SB日本ライト級王者。第14代SBスーパーライト級王者。SB史上初の日本4階級制覇王者。同じくシュートボクサーの笠原友希、笠原直希は実弟。 小学校4年生からシュートボクシングのジムに通い始め、2015年にプロに転身。 2015年6月21日、SHOOT BOXING2015~SB30th Anniversary~act.3でプロデビュー戦を行い、竹野元希に判定勝ち。 2016年10月23日、REBELS.46でPhoenixx 祥梧と57.5kg契約で対戦し、1Rにパンチで2度ダウンを奪われると、2Rにも2度ダウンを奪われTKO負けを喫した。
今井 教行(いまい のりゆき、1978年8月18日 - )は… 今井 教行(いまい のりゆき、1978年8月18日 - )は、日本の男性シュートボクサー。東京都台東区出身。2006年から2009年までのリングネームはえなり のりゆきであった。シーザージム所属(職員としても働いている)。元SB日本スーパーバンタム級暫定王者。 えなりかずきを意識した衣装で入場し、入場曲は「渡る世間は鬼ばかり」のテーマ。スパッツにはドラマに出てくる中華料理店名である「幸楽」と書かれている。親交のある三又又三が言い出したことによりえなりのりゆきというリングネームが付けられた。 弟の今井秀行も元プロシュートボクサー。 高校入学前の15歳でシーザージムに入門。 アマチュアシュートボクシングを経て、2000年3月22日にプロデビュー。
風間 ルミ(かざま ルミ、本名:斉藤 ルミエ〈さいとう ルミ… 風間 ルミ(かざま ルミ、本名:斉藤 ルミエ〈さいとう ルミエ〉、1965年11月28日 - 2021年9月21日)は、日本の元女子プロレスラー、元女子シュートボクサー、タレント。東京都台東区出身。血液型B型。 1982年、高校生の時に友人に誘われて始めたキックボクシングで在学中にプロデビュー。 1985年にはシーザー武志に声をかけられシュートボクシング(SB)に入り。SB初の女子試合に出場、美少女シュートボクサーとして雑誌のグラビアを飾り人気アイドルとなる。 1986年、ジャッキー佐藤に誘われプロレスへ転向、ジャパン女子プロレスに入団。 同年8月17日、ジャパン女子プロレス後楽園ホール大会でプロレスラーとしてデビュー。
大川 寛(おおかわ ひろし、1933年2月21日 - 201… 大川 寛(おおかわ ひろし、1933年2月21日 - 2011年3月22日)は、日本の元プロボクサー。本名は小川 寛(おがわ - )。戸籍上の出生地は千葉県山武郡片貝町であり、出身地は東京都台東区浅草。元日本フェザー級(2度獲得)・ライト級、OBF東洋ライト級・ジュニアライト級王者。現役時代は共栄ジム(後の極東ボクシングジム、現在の極東ボクシングクラブ)所属。大川ボクシングジムを開設し、その初代会長を務めた。 脚が長く均整のとれた体を持ち、左右のフックやスピードのある右ストレートを武器に3階級5王座を制覇した技巧派である。 極東ジムが秋山政司、大越利晴といった日本王者らを抱えて全盛期を迎えていた当時、後に精密機械と言われる世界王者沼田義明を育てた小高伊和夫会長の愛弟子であった大川が本名の小川を変えて戦ったのは、心臓が小さいのは名前からきていると小高会長が案じたためであった。