白鳥 智香子(しらとり ちかこ、1973年6月25日 - )… 白鳥 智香子(しらとり ちかこ、1973年6月25日 - )は、日本の元女子プロレスラー。身長165cm、体重53kg。血液型B型。東京都目黒区出身。夫はプロレスラーの丸山敦である。本名:丸山 智香子(旧姓:長谷川)。 1991年10月4日、全日本女子プロレス後楽園ホールにおいて、玉田りえ戦でデビュー。当時は旧姓の「長谷川 智香子」としてリングに上がっていた。その後、アジャ・コングら率いる「ジャングル・ジャック」に加入している。 1993年8月頃より「お嬢様スタイル」のキャラクターとして「白鳥 智香子」に改名、1994年に腰の負傷を理由に全日本女子を退団した。 1995年、吉本女子プロレスJd'が設立することに伴い、現役復帰を果たす。
下田 美馬(しもだ みま、1970年12月23日 - )は、… 下田 美馬(しもだ みま、1970年12月23日 - )は、日本の女子プロレスラー。 1987年8月5日、全日本女子プロレスでの三田英津子戦でデビューし、全日本ジュニア王座を獲得するなどしたが、新人時代は伸び悩み、同期の豊田真奈美とタッグチーム『スイートハーツ』を結成する。端正なルックスからアイドルレスラー的な売り方をされる。ただし、これは本人が望んだことではなく、フロントの考えによるものである。その後、同期の三田英津子とタッグを組み、全日本タッグのタイトルを獲得。 1990年3月18日、格闘技経験が皆無である状況ながら、後楽園ホールにおける格闘技戦(グローブマッチ) でアジャコングと対戦し、滅多打ちにされ、ローリング裏拳により下顎骨折および前歯数本を欠損した。
バイソン木村(バイソンきむら、1967年3月9日 - )は、… バイソン木村(バイソンきむら、1967年3月9日 - )は、日本の元女子プロレスラー。本名:木村 伸子(きむら のぶこ)。 1985年に高校を卒業後、半年間OLを経験した後、全日本女子プロレスのオーディションを受け合格。同期にアジャコング・KAORU・神谷美織・工藤めぐみ・コンバット豊田・高橋美華らがおり、俗に『61年組』と呼ばれている。 1986年9月10日、茨城・古河市立体育館において、対大橋順子戦でデビュー戦を行い、その後、ダンプ松本率いる『極悪同盟』に加入、ヒールレスラーとなった。武術用具のトンファーを凶器として愛用した。 ダンプ引退後、ブル中野が結成した『獄門党』に参加。1年先輩(同じ高校・同じ部活の1年後輩)であるグリズリー岩本と共にタッグチーム『アウトサイダース』を結成し、タッグチームとしても活躍する。
猪狩 定子(いがり さだこ、1932年 - )は、日本の女性… 猪狩 定子(いがり さだこ、1932年 - )は、日本の女性プロレスラー、コメディアンで、日本初の女性プロレスラーとされる人物。 長兄はパン猪狩(ボードビリアン)、五男の兄はショパン猪狩(後に東京コミックショウ)で、戦後彼らとレスリングショーを行い、その時代のリング名はリリー猪狩。レスラー当時の体格は身長155センチメートル、体重55キログラム。 東京目黒生まれ。実家は宮大工。男ばかり8人兄弟の最後に、長女として生まれた。父親は戦時下で仕事がなくなり、兄の何人かは終戦後すぐ稼ぐために芸能活動を始めていた。後に定子もこうしたエンターテインメントの方面に加わるのは、こうした事情による。 子どものころから体格が良く、また通っていた学校では女の子らしくしないとダメと言われても、家では男の中で育った環境下であり、相撲や柔道、ボクシングなどに励む兄らに囲まれてたくましく育てられたといい、近所の同級生らと喧嘩になっても負けたことがないという。