千代大龍 秀政(ちよたいりゅう ひでまさ、1988年11月1… 千代大龍 秀政(ちよたいりゅう ひでまさ、1988年11月14日 - )は、東京都荒川区町屋出身(出生地は葛飾区)で九重部屋に所属した元大相撲力士。本名は明月院 秀政(めいげついん ひでまさ)。身長181cm、体重190kg。最高位は西小結(2014年9月場所、2018年3月場所)、血液型はA型。好物は寿司(特に光もの)、焼肉、カルピス。嫌いなものは納豆とあんこ。趣味はトレーニング。好きな言葉は「温故知新」。都立高校出身者として初めての関取であった。 小学6年生の時にわんぱく相撲の大会で1回戦負けして帰ろうとしていたところ相撲を習うよう勧誘されて白鳥相撲教室で相撲を習い始める。当時の稽古の様子を本人は「白鳥公園に土俵がある白鳥相撲教室では、屋根が土俵の上にしかないので、雪が降ったら土俵はぐちゃぐちゃ、雨が降ったら滑って泥まみれ。
木村 吉二郎(きむら きちじろう、1977年12月10日 -… 木村 吉二郎(きむら きちじろう、1977年12月10日 - )は、大相撲の十両格行司である。本名は西野 昌宏(にしの まさひろ)。放駒部屋→芝田山部屋所属。血液型はA型。 東京都荒川区出身。父は渥美二郎の専属司会者を務めており、その影響で幼少期より普通のサラリーマン生活より誰も経験できないような職に就きたいと考えていた。その父と当時放駒部屋の師匠だった17代放駒(元大関・魁傑)が知り合いだったことから、父に「行司になれ」と言われ、いつの間にか担任とも話がついており知らぬ間に放駒部屋入門が決まったという。 中学校卒業後の1993年5月場所、15歳で初土俵。初土俵から名乗る行司名「吉二郎」は、父親の名と渥美の名に由来する。
安伍朗(やすごろう、1936年(昭和11年)3月28日 - … 安伍朗(やすごろう、1936年(昭和11年)3月28日 - )は、大相撲の元幕内呼出。本名は高沢 安雄。東京都荒川区出身。二所ノ関部屋所属。 番付制度が導入されてから、後輩呼出にどんどん抜かれた。番付では秀男に抜かれ、呼び上げでは秀男、拓郎、琴二、次郎、克之、志朗、重夫に抜かれていった。停年直前の2001年3月場所の時点では、順席は幕内呼出2番手でありながら、呼び上げは十両取組担当であった。
鶴美山 侑宏(つるみやま ともひろ、1924年6月27日 -… 鶴美山 侑宏(つるみやま ともひろ、1924年6月27日 - 1989年10月18日)は、井筒部屋、時津風部屋(当初は双葉山相撲道場)、再度井筒部屋、陸奥部屋に所属した元力士、元若者頭。本名は近藤 貢(こんどう みつぐ)。現在の東京都荒川区出身。176cm、113kg。最高位は西十両16枚目。得意技は左四つ、寄り。 1939年1月場所に初土俵。序ノ口で全敗したり、幕下から序二段まで下がるなど、出世が遅かったが、初土俵が同期の栃錦に「十両に上がったら俺の化粧廻しをやるから」と励まされて奮起し、初土俵から16年が経った1955年3月場所に30歳で十両昇進。1957年1月場所に32歳で引退し、若者頭に転じた。
雷山 勇吉(らいざん ゆうきち、1907年5月17日 - 1… 雷山 勇吉(らいざん ゆうきち、1907年5月17日 - 1973年1月7日)は、東京都荒川区出身で伊勢ノ海部屋に所属した大相撲力士。本名は豊田 光三。身長167cm、体重101kg。最高位は東前頭12枚目(1933年5月場所)。引退後は一時期年寄として後進の指導につとめた。 伊勢ノ海部屋に入門して、1923年1月場所初土俵を踏む。出世は遅く、三段目から序二段に陥落したり、幕下から三段目に陥落したこともあったが、1931年5月・10月と三段目上位で好成績を残し(10月場所は全勝して三段目優勝をとげた)、1932年1月に幕下に復帰したところに、春秋園事件で大量の脱退者が出たため、2月場所では繰り上がって幸運な新十両昇進となった。