輝 大士(かがやき たいし、1994年6月1日 - )は、石… 輝 大士(かがやき たいし、1994年6月1日 - )は、石川県七尾市出身で高田川部屋所属の現役大相撲力士。本名は達 綾哉(たつ りょうや)。身長192cm、体重171kg、血液型はO型。最高位は東前頭3枚目(2020年11月場所)。得意手は突き、押し。父方の遠縁は元横綱・輪島大士。目標とする力士は元関脇・若の里。 トラック運転手の父、兄1人と姉1人の3人きょうだいの末っ子として誕生した。生まれた頃には普通の体格だったが幼稚園時代には「これ以上大きくなったら、制服がなくなる」と言われ、既製の制服の最大サイズがきつくなっても着ているほどであった。七尾市立石崎小学校1年生の頃から相撲を始めており、同じ穴水少年相撲教室の門下生であった遠藤の4学年後輩にあたる。
栃乃洋 泰一(とちのなだ たいいち、1974年2月26日 -… 栃乃洋 泰一(とちのなだ たいいち、1974年2月26日 - )は、石川県七尾市出身で春日野部屋に所属した元大相撲力士。本名は後藤 泰一(ごとう たいいち)、愛称はタイチ。現役時代は身長187cm、体重165kg、血液型はO型。趣味は「読書」。得意手は左四つ、寄り、下手投げ、掬い投げ、突き落とし。最高位は東関脇(2001年5月場所)。現在は年寄・竹縄。 漁師の長男で、小学生の頃から相撲を始める。七尾商業高校(現・七尾東雲高校)を経て、拓殖大学3年生の時には全国学生相撲選手権大会で優勝して学生横綱に輝いた。拓殖大学相撲部監督の兄であり、中学校・高校・大学を通しての先輩である千賀ノ浦親方(元関脇・舛田山)を頼る形で春日野部屋へ入門し、1996年1月場所にて幕下付出で初土俵を踏んだ。
舛田山 靖仁(ますだやま やすひと、1951年4月10日 -… 舛田山 靖仁(ますだやま やすひと、1951年4月10日 - )は、石川県七尾市出身で春日野部屋に所属した元大相撲力士。本名は舛田 茂(ますだ しげる)。身長187cm、体重152kg。最高位は東関脇(1983年9月場所)。引退後は年寄・千賀ノ浦→常盤山→千賀ノ浦、血液型はO型。 小学校時代は野球もやっていたが、中学時代から本格的に相撲を始め、高校時代には全国高等学校相撲選手権大会で優勝して、高校横綱となる。拓殖大学に進学すると、全国学生相撲選手権大会で決勝に残るなど活躍した。同大学卒業時には地元の金沢市役所への就職が内定していたが、それを蹴って大学卒業と同時に一番初めに誘いのあった春日野部屋へ入門。
輪島 大士(わじま ひろし、1948年(昭和23年)1月11… 輪島 大士(わじま ひろし、1948年(昭和23年)1月11日 - 2018年(平成30年)10月8日)は、石川県七尾市出身で花籠部屋に所属した大相撲力士、第54代横綱、全日本プロレス所属の元プロレスラー、元タレント。 本名は輪島 博(わじま ひろし)。血液型はA型。大相撲時代は身長184cm、体重129kg。ニックネームは蔵前の星、黄金の左、現役引退後はワジー。 七尾市立石崎小学校3年から相撲を始め七尾市立香島中学校3年時の石川県中学生相撲大会で個人優勝。金沢高等学校では監督の家に下宿し1年時の山口国体で優勝。2年時には大鵬が二所ノ関部屋へ勧誘するべく実家まで訪れたこともある。日本大学文理学部に進み、日大相撲部では1968年(昭和43年)・1969年(昭和44年)の2年連続で学生横綱に輝くなど14個のタイトルを獲得した。
時葉山 敏夫(ときばやま としお、1944年5月5日 - 1… 時葉山 敏夫(ときばやま としお、1944年5月5日 - 1995年9月20日)は、石川県七尾市出身で時津風部屋に所属した大相撲力士。本名は春木 敏男(はるき としお)。最高位は東前頭2枚目(1968年9月場所)。現役時代の体格は180cm、131kg。得意手は左四つ、寄り、掬い投げ。 小学生時代から相撲を始め、七尾市立七尾東部中学校(当時東部中学校)では地元の大会で優勝するなど活躍した。中学3年生の時、立田川親方(元横綱・鏡里)の勧誘を受け、時津風部屋に入門。1959年9月場所で初土俵を踏んだ。当初の四股名は、本名と同じ「春木」。 1966年7月場所、22歳で十両に昇進し、これを機に「春木」から「時葉山」に改名。
七尾潟 直右エ門(ななおがた なおえもん、1905年3月11… 七尾潟 直右エ門(ななおがた なおえもん、1905年3月11日 - 1943年9月16日)は、現在の石川県七尾市出身で立浪部屋に所属した元大相撲力士。本名は浜田 兵吾。175cm、88kg。最高位は西十両筆頭。 1924年5月初土俵、1932年2月に春秋園事件の余波により、十両昇進。十両筆頭まで躍進したが、1933年5月に廃業した。