辰野 登恵子(たつの とえこ、1950年1月13日 - 20… 辰野 登恵子(たつの とえこ、1950年1月13日 - 2014年9月29日)は、日本の抽象絵画画家・版画家。東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。多摩美術大学教授。長野県岡谷市出身。 1968年、長野県諏訪二葉高等学校を卒業。同年、東京芸術大学美術学部に入学。大学時代に柴田敏雄(写真家)や鎌谷伸一(版画家)とともにグループ「コスモス・ファクトリー」を結成。名前は、彼らが好きだったクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルのアルバム『Cosmo's Factory』(1970年)からとられた。アンディ・ウォーホルやロバート・ラウシェンバーグの影響を受けた写真製版によるシルクスクリーンをいち早く試みる。
高橋 靖夫(たかはし やすお、1938年 - 2021年4月… 高橋 靖夫(たかはし やすお、1938年 - 2021年4月29日)は、日本の洋画家。女子美術大学名誉教授。国画会会員。 長野県岡谷市出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、東京芸術大学美術学部油画科卒業。1962年国展初入選。女子美術大学教授。2004年定年退官後、同大学名誉教授。大学で後進の育成に尽力した。故郷の岡谷市にアトリエがあり、絵画教室を主宰した。
宮原 麗子(みやはら れいこ、1930年(昭和5年) - 2… 宮原 麗子(みやはら れいこ、1930年(昭和5年) - 2021年12月(令和3年)、旧姓高橋)は、日本の洋画家、女流画家協会委員、一水会委員である。神奈川県川崎市に居住した。 長野県岡谷市生まれ。。父は岸田劉生に師事し一水会会員、日展委嘱作家であった洋画家の高橋貞一郎、弟は女子美術大学名誉教授の洋画家高橋靖夫である。因みに麗子の名は、父が岸田劉生の娘麗子から名づけたと言われている。 1949年(昭和24年) 長野県岡谷東高等学校卒業。高校在学中に長野県美術展(県展)に入選するなど若いころから、その才能を発揮していた。その後女子美術大学洋画科入学。在学中から一水会展と女流画家協会展へ作品を出品しはじめ、本格的に絵の道を志すようになった。
高橋 貞一郎(たかはし ていいちろう、1897年〈明治30年… 高橋 貞一郎(たかはし ていいちろう、1897年〈明治30年〉 - 1955年〈昭和30年〉9月18日)は、長野県岡谷市出身の洋画家。諏訪地域の美術界の草創期を支え、美術教育にも力を注いだ人物である。 長野県諏訪郡平野村(現・岡谷市)出身。長野県立諏訪中学校(現・長野県諏訪清陵高等学校。教師に西岡瑞穂がいた)を経て、長野師範学校(現・信州大学教育学部)を卒業。 1922年、岸田劉生に師事し、「夏牛」の雅号が贈られた。教員をしながら油絵を制作。母校である諏訪中学校で絵画部顧問を勤め、同部の教え子に矢崎博信がいる。 1937年、フランスへ留学しポール・セザンヌを研究。一水会会員、日展委嘱作家となった。