山口 拳矢(やまぐち けんや、1996年1月26日 - )は… 山口 拳矢(やまぐち けんや、1996年1月26日 - )は、競輪選手。岐阜県大垣市出身。日本競輪選手会岐阜支部所属、ホームバンクは大垣競輪場。日本競輪選手養成所(以下、養成所)第117期生。師匠は叔父でもある山口富生(68期)。日本大学中退。 祖父と父がともに(元)競輪選手という家庭環境で育つが、父の幸二によると、生まれてから発育が遅く虚弱体質であったため保育器に入ったこともあり、「健康でありますように」との願いから『拳』を込めて拳矢と名付けられた。 幼い頃は兄・聖矢とともに空手を習う。大垣日大高校ではサッカー部に所属しており、それまで自転車競技の経験は皆無であった。その後日本大学に進学したが、先に自転車競技の練習を始めていた聖矢に触発され自身も大学2年生で競輪選手を目指し、自転車競技の練習に取り組み始める。
山口 富生(やまぐち とみお、1970年1月6日 - )は、… 山口 富生(やまぐち とみお、1970年1月6日 - )は、日本の競輪選手。岐阜県大垣市出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第68期生。日本競輪選手会岐阜支部所属、ホームバンクは大垣競輪場。師匠は棚橋良博。 父の山口啓(7期)、実兄の山口幸二(62期)はともに元競輪選手。甥にあたる幸二の長男の山口聖矢(115期)、その次男の山口拳矢(117期)はともに競輪選手。 岐阜県立大垣工業高等学校を卒業後、競輪学校に68期生として入学。デビュー戦は1991年8月7日の久留米競輪場(8着)。 2002年6月2日に行われた高松宮記念杯競輪決勝で、同県の山田裕仁の捲りに乗ってGI初制覇。優勝後の表彰式においては、兄の幸二が野球で言われるところのリリーフカーを運転して弟・富生を乗せて登場するなど、兄の方が目立っていた。
山口 幸二(やまぐち こうじ、1968年7月29日 - )は… 山口 幸二(やまぐち こうじ、1968年7月29日 - )は、日本の元競輪選手、競輪評論家。岐阜県大垣市出身。O型。 日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第62期卒業。現役時は日本競輪選手会岐阜支部所属。初出走は1988年9月1日の大垣競輪場で初勝利も同レース。ホームバンクは大垣競輪場。師匠は棚橋良博。 父の山口啓(ひらく。7期)も元競輪選手。長男の聖矢(115期)、次男の拳矢(117期)、実弟の山口富生(68期)はともに競輪選手。子供は聖矢、拳矢のほかに三男がいる。 岐阜県立大垣西高等学校在学中まで野球をしていたが、父の山口啓が元選手(7期)ということもあり、卒業後は競輪学校を受験し合格。競輪学校卒業後から徐々に成績を上げ、やがてS級に定着する。
山田 裕仁(やまだ ゆうじ、1968年6月18日 - )は日… 山田 裕仁(やまだ ゆうじ、1968年6月18日 - )は日本の元競輪選手、現在は競輪評論家。岐阜県大垣市出身。日本競輪学校第61期卒業。現役時は日本競輪選手会岐阜支部所属。師匠は中嶋直人。初出走は1988年5月3日、京都向日町競輪場。初勝利は1988年9月8日、奈良競輪場。血液型はA型。1男3女を持つ4児の父親で、長女は元SKE48チームEの山田澪花、三女はバンド「Moonz」ボーカルの帆夏。 小学1年生の頃(1975年)から競輪選手に憧れる。岐阜県立大垣商業高等学校在学中は陸上競技(八種競技)を行っていたが、それは意図したものだった。目標どおり、競輪学校(現在の競輪養成所)には適性試験で一発合格。